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”ごっこの世界”が終るとき
日本語の辞書にはなかった「二大政党」「政権交代」
 龍馬気どりの化けの皮は、はがれて落ちた

 やはり思ったとおりのことが起こった。
昨年8月におこった「政権交代」は幻だったのだ。
 政権交代の直後から、マスコミは鳩山政権バッシングを始め、辺野古問題で日米同盟に傷をつけたと、退陣を求めた。最初、マスコミは政権交代を煽っていたが、民主党も鳩山政権も本音では招かれざる客だったのだ。
 今回の参院選で民主党はオウンゴールのような敗北を喫した。民主党には政権交代を守る力量も政治力も思想もなかったことが判明した。政権党でありながら、菅・小沢の二勢力に内部分裂した選挙をやって勝てるはずはない。その上、菅首相はいわずもがな、の消費税アップを選挙直前に発言して自ら負け戦を演出してしまった。何をカン違いしてたんだろう。


 龍馬気どりの化けの皮は見事にはがれたのだ。勝つ気もやる気もない民主党を国民が支持し続けるはずはない。自民党がいいかどうかわからないが、いまよりはマシという国民の思いが、今回の国民の選択だった。結果、消極的な自民党勝利に結びついたゆえんである。

 テレビの怪しげな政治コメンテーターたちは、選挙後の衆参のねじれで民主・自民の大連立がどうのとか、消費税は早急にやるべきだ、などと呑気なことをいっている。余計なお世話をいわず、もっと事態の本質を考えろ、といいたい。でないと、不況のテレビ局からギャラももらえなくなるぞ。

 江藤淳氏が、その昔、喝破したように、戦後日本では何事も本物にはならない。あるのは「ごっこの世界」。子供の遊びの世界と同じなのだ。ままごと、鬼ごっこ。いっしょに遊ぼうよ。
 子供の遊びの世界が大人の政治世界に広がったのが、政治ごっこ、政権交代ごっこ、龍馬ごっこ。恋愛ごっこ、家族ごっこ、子育てごっこ、なんてのもある。
 
 日本は米国の経済と軍事に守られて長すぎる戦後を歩んできた。ここ一番、という豪雨時には米国の大きな傘が日本を守るが、傘をさしてもらう日本は米国のいうことをなんでも聞かなければならない。
 普天間問題のねじれはこれを意味していたが、事態の本質を語る政治家もジャーナリズムも日本には存在せず、鳩山首相だけが詰め腹を切った。
 米国のジャーナリズムを仔細に調べることで、ようやく普天間問題で鳩山さんが米国から切られたことの本質を知ったものだ。実は、鳩山退陣に最も大きな影響を与えたのは、沖縄の民意や日本のマスコミや世論ではないのである。
 
 二大政党制とはもともと英米のようなアングロサクソンに適した仕組みだ。そのイギリスですら、さきの選挙で、二大政党政治の機能不全が起こっている。
 二大政党制が日本の文化風土に適しているかどうか、議論はないまま、政治家もマスコミもなんとなく、いいと思い込んでいるだけだ。
 戦前にあった政友会、民政党のように、官僚依存政党(薩長同盟派)か政党政治政党(反藩閥政治派)かという色分けならわかるが、いまの民主党はアイデンティティ不在の官僚依存と脱官僚というわけのわからない矛盾が混在している。
 
 ところで、今回の選挙の唯一の収穫といえば、みんなの党の躍進にある。脱官僚、小さな政府、消費税反対という旗印を明確にして大躍進した。みんなの党の躍進は今回だけの風なのか、永続性があるのか、口だけ政党なのか、見極めないといけない。

 いずれにせよ、昨年の日本の政権交代は”真夏の夜の夢”として潰え去った。またぞろ大連立とか、消費税引き上げ、日本のギリシャ化などの大合唱がマスコミからわきあがり、霞が関文法を駆使しする官僚がリードする世の中が広がり、国民の本心の思いはかき消されてゆくのだろう。

 本当の民主政治が機能しなければ、いくら制度があっても意味はない。二院制で衆参国会がねじれ、法案がねじれて国民に迷惑をかけるなら、参院のあり方を議論して、廃止論が出てきてもいいはずだ。
 日本のような政治小国、官僚大国で二院制は不必要だ。
 参院のもとは旧貴族院(枢密院)で皇室や旧華族が議員になり、議事録も機密・非公開で会議は行われていた。
 貴族院は封建制度廃止のマッカーサー指令で廃止されたが、新憲法制定時、日本側の強い要求で参院に名を変えて残ったものだ。マッカーサーは日本に二院制は不要と考えていた。
 
 某テレビ局の政治討論番組で、参院はマカーサーが押し付けた憲法と同じだから、そろそろ廃止してもいい、などとデタラメをいっていた。こんな嘘八百を並べる政治コメンテーターの言葉を、テレビが調べもせずに報道するのだから、何をかいわんや、だ。
 デタラメ報道に洗脳されて、なんでも信じ込む視聴者・国民も悪いが、「本当はこうなんだ!」と嘘を並べて視聴率を取ろうとするテレビの確信犯ぶりを国民は見抜く必要がある。誰でも少し勉強すれば、声だけは大きいが何も知らないコメンテーターの嘘は見破れる。
 嘘による洗脳からの最大の防衛策は、見ない、読まないことだ。来年の地デジ化切り替えにあたり、新しいテレビを買わなければ、自動的にテレビは見れなくなる。国民が地デジ化の負担を負う必要がどこにあるのだ。
 
 それにしても、ままごと政治、ごっこ政治から日本が脱するのはいつの日か? 政治ごっこに疲れた大人たちも、そろそろ童心に帰って、テレビを見るのをやめ、「鬼ごっこ」「桃太郎ごっこ」でもして遊ぼう。
 政治家たちがごっこの遊びを楽しんでいるんだから、普通の人間は税金だけ取られるのも悔しいから、せいぜい「鬼ごっこ」でも楽しむとするか。
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