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戦後65年、国民にも謝罪する必要がある
 日本はなぜ敗戦したのか、日本人の手でいまだに明らかにしていない
敗戦責任と国民の犠牲について広範に論議する時期が来た

 十和田湖で戦時下の陸軍練習機が墜落した機体が発見されたと、マスコミは報道している。戦後65年もたったいま、日本では珍しいニュースかもしれないが、太平洋戦争の本場の南太平洋では日常の風景である。
 こんなニュースを大々的に伝えるマスコミの報道に、戦争の風化以上のジャーナリズムの堕落と自己欺瞞を感じる。自分の国周辺のニュースしか見えていない視野狭窄だ。
 
 十年ほど前、トラック島を取材したとき、地元の少年が日本軍の戦跡を案内してくれた。戦跡は子供たちの格好の遊び場なのだ。島に放置された兵器の残骸をもぎ取ってきて、それを戦争ごっこの玩具にして遊んでいる。
 島の沖合の水深2、30メートルほどの海中にゼロ戦が沈んでいた。水が澄み切っているので、泳いでいるだけで海底のゼロ戦の姿がくっきり見えた。日の丸の赤が鮮やかだった。もぐって見てきた少年は、「中には人がいる」と、まだ遺体が残されているような話をした。
 戦争末期、敗戦に怯える大本営は少年兵を使って、神風神話を植え付け、命を惜しまない特攻隊要員に仕立てたが、南太平洋にはそんな少年兵が乗ったゼロ戦や特攻機がたくさん沈んだまま顧みる人はいない。唯一、地元の子供たちに遊んでもらっているのだ。そう思うと哀れさが身にしむ。
 ジャングルの中のトーチカには錆びた鉄兜や飯合が散乱していた。日本兵の遺品や遺骨も出てくることがある、という。

 日本が起こした戦争の巨大な遺物と残骸と遺骨が南太平洋には残っているのだ。日本国内で行う追悼行事の儀式とは裏腹に、凄惨な現場は世界のさらしものになって残ってしまっているのだ。ビキニ環礁のひそみにならい、日本が起こした戦争の悲惨の遺跡として、世界遺産の指定を申請したい気にも
なる。
 取材中、激しいスコールにあい、椰子の木蔭で雨宿りしたとき、突然、椰子の葉ずれの音が激しく鳴り響き、まるで人が呻吟する声のように聞こえてきた。この周辺の海で何百万の日本兵の命が消えていったのだ。彼らの行き場をなくした魂が彷徨い、時たま訪ねてくる日本人に魂の救いを求めているのではないか、と考えた。

 真珠湾から半年後、停戦のチャンスがあった。ミッドウエー、ガダルカナル敗戦で戦況が悪化したとき、連合艦隊の山本五十六長官はひそかに停戦を打診していたのだ。しかし敗戦責任を取りたくない日本政府と大本営はこれを拒否した。以降、合理主義精神をなくした大本営は非合理な精神主義を鼓舞して、女子の竹槍部隊や少年特攻隊を考え出した。
 山本長官の停戦案が採用されていたら、日本の人的、経済的損失ははるかに小さく、沖縄戦も原爆もソ連の北方領土占領もなかっただろう。しかるに様々な戦史資料を読むと、山本長官がミッドウエー敗戦を隠ぺいしていたなどの間違ったものが多い。これは、のちに戦死した山本長官にすべての敗戦責任を押し付けようとする策謀なのではないか。

 菅首相は日韓併合の間違いを韓国に謝罪した。しかし大戦で最大の犠牲を被ったのはほかならぬ日本国民だ。
 太平洋戦争開戦から敗戦のポツダム宣言受諾まで、国民の預かりしらないところで決定が行われた。真珠湾から半年くらいたって、ミッドウエーやガダルカナル敗戦の後、連合艦隊の山本五十六司令長官の停戦の申請も大本営は無視したというから、その後の戦争遂行にかかわる全責任が日本政府と大本営にはあった。

 ずるずると残る3年を負けるとわかった無謀な戦に費やし、数百万日本人の生命を奪い、生活を破壊し、本土空襲、原爆投下、沖縄地上戦、ソ連の北方領土占領という破滅のシナリオを自作自演で突っ走った責任は日本政府にある。

 他国に対して、日本政府が日本の非は非として謝罪するのは当然だが、敗戦と戦後処理の失敗に対しては、国民にも謝罪する必要がある。
 戦後65年、国民にあれだけの犠牲を強制しながら、国からの謝罪の言葉はない。周辺には戦争で父を亡くした肉親、知人が多数いるが、国から謝罪の言葉のひとつを聞いた人はいない。
 トラック島の日本兵のように多くが顧みられることもなく、ほったらかしにされている。

 戦場で、あるいは本土空襲で勝手に死んだ人間が悪い、というような言い分になる。戦争を始めたのは国だが、国民は自己責任で生きろ、ということだ。
 戦後65年、政府は国民にけじめをつける意味でも、大戦で国民に与えた多大な生命と財産の犠牲に対して、謝罪する義務がある。
 東京裁判で日本の戦争犯罪は裁かれたが、それは戦勝国の論理で行われた裁判であり、日本国民は戦犯訴追よりも敗戦責任を追及すべきだった。
 東京裁判が日本人による敗戦責任追及を困難にしたせいもあるが、戦後65年の間に、敗戦責任を追及することは日本でほとんど行われていない。
 
 また終戦時、「一億国民総懺悔」を説いて国家の敗戦責任を棚上げし、ポツダム宣言に対して、「笑止千万」と書いて、「国民玉砕と徹底抗戦」をキャンパーンした浅薄な時流に乗った精神構造を、もう一度厳しく反省するほうがいい。
 マスコミのこうした精神構造も、日本政府の国民を犠牲にする精神も、いまだに健在だと思うからである。

 南太平洋の戦跡を取材を通して、犠牲になった日本国民とは、つくずくお人よしの民族であると思えてならなかった。
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