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イタリアの国民投票は原発ノー
 

日本はなぜ原発から手を切れないのか

 べルルスコーニ首相「イタリアは原発にさよならをいわなければならない」

 
 イタリアの国民投票は原発にノーを突きつけた。ベルルスコーニ首相は「イタリアは原発にさよならをいわなければならない」と敗北を認めた。

 日本は3.11から3カ月を経たが、原発事故はいまだに収束していない。

被災地の復興だって、原発事故が大きく足を引っ張っている。原発さえなければ、地震も津波もなんとかなったのだ。古来、地震列島に住んできた日本人は地震・津波には慣れている。

江戸時代の瓦版を見ていると、載っている出来ごとのほとんどが全国各地で起こった地震と津波の報告だ。

 

しかしこれほど大規模な原発事故は初めてだった。チェルノブイリよりはマシだと強がってはいるが、IAEAの専門家の中にはチェルノを超えるレベル8を福島に与えるべきだという意見もある。

東電、保安院のデータ隠しの数々がどんどん露見してきたが、これもIAEAや国際社会の心証を悪くしている。天野事務局長の立場も芳しくない。

それはそうだろう。スリーマイルは数日、チェルノだって10日で収束している。放射能は微量という東電の言葉を信じたとしても、塵も積もれば山となる算数積算を知らないわけではないだろう。

 

3ヶ月後の6月11日、日本全国で「原発はいらない」デモが盛り上がった。約10万人が参加したという。新宿アルタ前広場は約2万人の群衆が終結して原発止めろ、と訴えた。

昔のデモは左翼活動家学生中心の荒れたデモが多かったが、この日のデモは子連れのお母さんが多く、それぞれのスタイルで、老若男女を問わずデモに参加していた。

危険な核にノーを言わなければ命にかかわる、とだれもが思っている。子供たちの未来が奪われるんではないかという危機感が広がっている。

 

汚染は予想外の広がりを見せて、野菜や海産物にも黄信号が灯ってきた。

おいしかった日本食、刺身文化、四季の食べ物、自然の景観、そういうものが一挙に失われるのが、いわゆる核の攻撃だ。

 

村上春樹氏がカタロニア文学賞の受賞のとき語った言葉が印象に残る。

原発は平和利用だと日本人は思ってきたが、実は核兵器と同じなのだ。世界の人々は原発だから平和だと思ってはいない。

なぜなら世界の超大国は核兵器と原発を両方とも所有している。

 

使う物質はウランという核物質で、がんらい軍事と平和の区別がつくような代物ではない。

日本人は広島、長崎の原爆を浴びながら、核に対して無防備だった。広島、長崎から平和のメッセージを発しながら、原発は平和だと信じ切っていた。しかしそうではなかった。

 

日本が原発を導入した経緯は、戦後直後のことである。米国は日本人の核アレルギーと反米感情に警戒心を募らせていた。

これを中和する戦略として原発が導入されたのだが、その輸入方法は正規の外交ルートからはずれた秘密裏で行われ、日本の原発はいわば正嫡子ではなかったのである。原子力の平和利用はマスコミによって大々的に宣伝され、日本社会に浸透していった。

日本の原発の出自の秘密が、原発をタブー視する傾向と仮想の安全神話を増幅する結果を生んだ。

 

いま福島の事故をどのように世界に発信して行くかを考えた時、常識的に考えれば、原発を止めるとう未来へのメッセージしか日本には選択肢はない。

もしそれが嫌なら、核兵器をもつことでリスク管理のバランスをとるほかはない。核兵器を持たない国が原発を操ったリスク感覚の甘さが、今回の大事故を招いた本質である。日本人は核兵器の洗礼を受けはしたが、核兵器の本当の怖さを知ることがなかった。

 

自然再生エネルギー革命によって、日本は今回の失敗を乗り越えることでしか、本当の技術大国として世界に認知されることはないだろう。

 

小出祐章氏によれば、地震大国の狭い国土に54基もの原発を作った隠れた動機の中に、核兵器を持ちたいという願望があったのではないか、と見る。

核兵器の原料になる濃縮ウランは日本の原発から廃棄された放射性廃棄物からかなり豊富にとりだすことが可能といわれる。

保守系の有力政治家が集まって東京に地下原発を作る計画があるとの報道がある。日本の一部に原発へのこだわりを捨てきれない人々がいるのは、核兵器を持ちたいという願望の反映かもしれない。

 

菅首相の不信任決議が否決された後、政界は菅降ろし一色だが、6月11日、官邸主宰不思議な討論会があった。脱原発と再生エネルギーの未来について語るものだった。

討論会には菅総理と福山官房副長官が出席したが、マスコミ報道は一切なかったのも異例といえば異例だ。

 

パネラーは、孫正義、坂本龍一、岡田武史、枝広淳子、小林武史の各氏。

官邸という政治の生々しい現場とは思えないほどの清涼感があり、パネラーの机上には飲料水のボトルが一本。中身は学者たちの討論を思わすアカデミックなものだった。

 

菅さんは不信任案の前、発送電の分離、太陽光発電と再生エネルギーの推進、浜岡原発の停止を矢継ぎ早に打ち出していた。

 

にわかに菅降ろしが強まった理由は、原発推進派の巻き返しが背景になっているとの見方が有力になってはいる。

 

そうした政治的な駆け引きが、再び原発推進のエネルギーを引き出しているとすれば、福島の被災者は救われない思いだろう。

 

戦後史をもう一度、ひもときながら検証し、なぜ日本人は原発の罠に落ちたか、この原発アリ地獄から抜け出すにはどうしたらいいか、答えを求め続ける必要がある。

 

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