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アルジェリア事件のツイートから  柴山哲也
 

サハラ砂漠の砂の結晶 砂漠のバラ


 1月16日に起こったアルジェリア人質事件の内外の報道をウオッチしてツイートした回数が、29日までに43回になりました。私は80年代にアルジェリア、チュニジアの北アフリカから西アフリカのセネガルを回るアフリカのルポルタージュをしたことがあり、今回の事件で蘇り、こみ上げてくる記憶の中に、事件の背景を解くカギがあると感じています。このときのアフリカ・ルポはアイコンに使っている拙著『キリマンジャロの豹が目覚める』で詳細に書きましたが、この本はすでに絶版になっており、読んでいただけないのは残念ですが、このツイートのまとめで、何らかのアルジェリアに関する情報の手がかりを発信することができれば幸いです。

 日本人の人質の方が無残にも10人もなくなり、残念の極みです。哀悼の意を表するとともに、アルジェリアとはどんな国で、なぜあのような事件が起こったのか、真相を解明する必要があると心から思っています。

写真はサハラ砂漠にある「砂漠のバラ」と呼ばれる砂の結晶です。取材の記念品です。砂漠の風に吹き飛ばされた砂が長い歳月をかけて結晶したものです。


1月17日

アルジェリア政府が強行突破したようだが、人質の生命はどうなったのだろうか。情報が錯綜するというか、正反対の情報が行き交う。情報を発信する場が違うと、ニュースも正反対になる。人質解放?人質の死亡?ニュースは一つではないことを、この事件は教えている。考えないとニュースはわからない。


アルジェリアというと2つのフランス映画を思い出す。「ペペルモコ」と「シェルブールの雨傘」。ジャン・ギャバンとカトリーヌ・ドヌーブ。人生の陰影、深さと悲しさが溢れていた。そのアルジェリアは、フランス植民地から激烈な解放戦争をして独立した。戦時、地中海は血に染まったといわれている。
 
「シェルブールの雨傘」は可憐なカトリーヌ・ドヌーブと雨傘のカラフルな色彩が美しかった。若い恋人たちはアルジェリア戦争で引き裂かれる。
 ならず者のジャン・ギャバンは地の果てアルジェリアの貧民窟カスバで死ぬ。
 「カスバの女」の歌を彷彿とさせる映画だった。



セネガル大統領だったサンゴール氏にインタビューしたとき、「世界の中心は地中海で地中海文明が世界を作ってきた」といった。アフリカも世界史の一角を担っているといいたかったのだ。辺境のアルジェリアだが、石油、天然ガスの国というだけでなく、世界を混乱と動揺に直面させている。
 アフリカにおけるイスラムの影響力は、1960年代のアフリカ独立の時代に大陸全体へと広がった。西欧植民地がキリスト教を拡大させた反動としてイスラム原理主義が拡大。昨年出した拙著『日本はなぜ世界で認められないのか』(平凡社新書)で、こうした北アフリカ・マグレブのルポをまとめた。


アルジェリア取材の経験から、この国は硬い唯我独尊のイスラム国だ。植民地の過去から反西欧、反米感情は強い。外国プレスの監視は北朝鮮より厳しい印象だった。人質事件で欧米の介入をよしとせず、自国軍が強行突破、多大の犠牲を出した背景に、この国の歴史が深く関わる。世界は難問に直面している。


アルジェリアは石油、天然ガスしか目立った生産物はなく、政府は石油や瓦斯を外国に売って国を維持している。石油の金は上層部の間で回り、若者は役人になるかホテルに勤めるしか職はない。失業中の若者たちは町をぶらぶらし、役所の前の石畳に座っている。首都アルジェではそんな風景ばかり見た。

1月18

アルジェリア取材でアルジェリア外務省と報道許可をめぐる交渉を何度かしたが、返ってくる答えは、フランス語で「アブソリューマン・パ」(絶対にダメだ)という言葉だった。仕方なく目につかないように写真を隠し撮りしたものだ。写真を撮るたびに、背後の人影が動いた。北朝鮮のほうが取材はしやすかったのを覚えている。

 
 アルジェリアは自主管理社会主義を標榜、ユーゴのチトー主義の影響を受けてソ連とは距離を置いていた。北朝鮮とも友好関係があり、アルジェリアの政治犯を北朝鮮の収容所へ移送するという話も聞いた。
 経済は悪く、物がなく、スーパーには食品はなく、サンダルだけが並ぶ風景や、野菜には草が混じっていた。



西アフリカのセネガルの首都ダカール沖に奴隷島という島がある。昔、捕えられた奴隷が”出荷”された場所だ。ダカールから隣国のマリをつなぐ鉄道があるが、これは宗主国フランスが敷いたもので、マリから奴隷島の海岸まで一直線に伸びている。資源と奴隷を港へ運ぶための鉄道だったといわれる。アフリカの西海岸では、廃墟になったこんなレールがたくさん見つかる。


 
 人質事件収束後、英国キャメロン首相がアルジェリアを訪問したが、その目的はBPの権益の擁護とマリの仏軍支援だといわれる。マリにはウランとレアメタルがある。この争奪が背景にある。
 私が北アフリカのマグレブから西アフリカを取材したとき、朝日新聞文化欄に「噴出する反西欧」というシリーズを書いたが、当時、アフリ諸国は植民地から独立して20年余、南アではアパルトヘイト廃止のうねりがあった。ネルソン・マンデラはまだ獄中にあった。



1月19日

フランス大統領はアルジェリア政府の強硬策支持を言明している。人質の命よりテロリストを壊滅させ、国益を守ったことを評価している。フランスがアルジェリア独立戦争時、特殊部隊の強硬なアルジェの戦いを指導したのは、保守のドゴール政権ではなく、左翼政権だった。左翼必ずしも平和主義にあらず。マリを空爆するフランスは左翼のオランド政権だ。


予想したことだが、人質事件で中東へのエネ依存を下げるべきというTVコメンテーターが出て来た。だが問題の本質をずらしてはいけない。エネだけの話ではない。これからの日本人は海外で仕事しないと生きてゆけない。日本人のリスク感覚は甘すぎる。正確な情報網と救援システム構築が最重要課題だ。


アフリカでは人質事件や思わぬゲリラとの遭遇がある。欧米系の企業などは、退役軍人を雇い突然の軍事作戦に備えているところもある。フォーサイスの世界ではあるが、小国の場合は傭兵によるクーデター事件まで起こる。海外の日本企業は頼りにならない政府に依存せず独自のリスク管理を行う必要がある。


120

NYタイムズによれば、アルジェリア軍の最終作戦で、少なくとも23人のテロリストと人質が死んだと当局者が語ったという。敵味方の判別はつかないようだ。nytimes.com/2013/01/20/wor



 

情報の錯綜といって誤魔化していたが、結局、最悪の結果になりつつあるようだ。事件が起こったときに、英国首相が話していた懸念が正確な状況を掴んでいた。さすが諜報機関の国、といっては失礼だが、伝統ある情報大国だ。一体、日本政府は右往左往するだけで会社任せで、何をしていたんだ。


日本人の犠牲は最悪の結果になり、危機管理能力が問われる。18日の初期段階で米国は現地イナメナスに、英国やノルウェーも近郊まで医療救援機を飛ばした。日本にもガルフストリームはあるが機能しなかった、と小川和久氏のメルマガ「ニュースを疑え」(1月29日号)が指摘。専門家欠如が原因だ。


イナメナスに飛んだ米国救援チームは、現地で解放された人質をのせてドイツまで運んだという。アルジェリアの医療は信頼性が低く、手術を必要とする手当はフランス、ドイツまで飛ぶしかない。
 アルジェリア在住の日本人は、まさかの時のために、パリ行きの航空券とパスポートは肌身離さず身につけている。危険地域で仕事をする邦人がいる場合、負傷者の手当の場所も危機管理の重要要素。日本には何のマニュアルもないようだ。


アルジェリア事件で、日本が現地から撤退する話をするTVコメンテーターがいるが、いくらご都合主義とはいえ考えてものをいえ。石油、天然資源の宝庫のアルジェリアから一時的な避難はあっても、撤退すれば日本の後を狙う国や企業は山ほどある。現地の治安維持と危機管理能力を高めるしかない。



1月21日

  アルジリアの報道ビザが降りないらしい。かつて私は、東京のアルジェリア大使館で報道ビザを取得し入国。アルジェリア外務省に行くと東京取得ビザは認知できないといわれてやむなく出国、パリのアルジェリア大使館で再取得した。悪戦苦闘の事情は拙著『日本はなぜ世界で認められないのか』で書いた。


アルジェリア政府は人質犠牲者の国別数を公表していないが、日本人が最も多いのではないかと推定できる。反欧米の思想が強烈なこの国で、かつての日本は原爆を浴びながら欧米と並ぶ経済大国になり、尊敬の対象だった。無愛想だが親日の国なのに、なぜ日本人犠牲者が最多だったか、背景分析を急ぎたい。


救援にも行けないので自衛隊法を改正するとかいうが、法改正すれば事がうまく運ぶのか。軍事作戦ではなく、自国民救済のために関係国は飛行機を飛ばしている。何もできない日本はアルジェリア政府に要請したり米仏に依頼するのみだった。法改正より能力の問題ではないか。
 

 


1月22日

 アルジェリアの犠牲者の中に、東北の被災地出身の方がおり、残された老母が仮設住宅で泣き崩れる映像を見た。なんていう残酷な現実なんだろう。言葉もない。公表された数字を見ても、犠牲者の7割以上を日本人が占めている。なぜ悲劇が量産されたのか。放置はできない。責任を追及しないといけない。


大戦時、中国戦線を取材していた米国記者エドガー・スノーは、日本軍の戦闘能力は高いが大局の視点に欠けてバラバラな戦になっていると、『極東戦線』という本で書いている。兵士個人の能力は優れているが自分の部隊と上官しか見ていない。自分の一階級の昇進にしか関心がないようだ、と。なるほど。



1月23日

  アルジェリアの状況が日を追うごとに苛酷な現実を突き付けてくる。情報が錯綜するのではなく事実が確認できないことだ。しかし事実の確認の前に想像力が働かなければならない。事実は想像力の中に存在し得る。苛酷な事実に追い回されて想像力を失う愚かさが繰り返される。原発事故のときもそうだった。


今回の事件では、人質の犠牲を出したにもかかわらず、テロリストをほぼせん滅させたアルジェリアの軍事行動に対して、米英仏などの関係国は概ね支持をしているが、平和憲法を持つ日本は、軍事に走って人質救済の努力を軽視したアルジェリアに対する批判と抗議を継続的に行う必要がある。


日本のマスコミ各社はフランス軍が介入を続けるマリへ入ってルポをしている。仏軍管理下の地域だから取材がしやすいのかもしれない。戦時下マリは相当な惨状呈している。自由の国フランスだが、アルジェリア独立戦争で解放戦線に激しい弾圧を加えたのは、左翼政権だった。仏左翼政権の限界なのか。



1月24日


 アルジェリアの新聞がゲリラの標的は英仏と日本だったと犯人が自供、と報じた。親日のイスラム圏で日本がテロの明確な標的になったのは初めてではないか。戦闘に巻き込まれた犠牲者はあったが。私の取材体験からもアフリカのイスラム圏の反欧米に対し、大統領からゲリラまで親日ぶりは確固としていた。

 山本美香さんがシリアで銃撃されたときも、日本人ジャーナリストがなぜ、と思った。これまでとは違う不気味な国際関係の変化を感じた。


 日本人も人質の標的だったとアルジェリアの新聞報道。かつてアフリカの戦場を取材していた先輩記者は、戦場でゲリラに遭遇しても日本のプレスだと名乗り、日本のパスポートを見せれば釈放してくれると話していた。いつからその親日が逆転し、狙われる欧米の仲間入りしたのだろうか。


 1月25日

  中東アフリカのイスラム圏の取材は商社、水産業、航空会社、NGOなどの世話になりながら、細部の情報を得ていた。安全情報は外務省より遥かに的確だった。大使館、領事館はビザ確認で行く程度だったが、大局のリスク情報は国家機関の役割のはず。アルジェリア事件で外務省は何を掴んでいたんだろうか 


 欧米諸国では日本は敗戦国で、軍事的には対等なパワーとはみなされていない。しかし非西欧地域ではそれがプラスとなり、植民地経験もない中東アフリカで親日の経済圏を作ってきた。しかし日本の経済力衰退に代わりアフリカには中国が進出し、親日の度合いがまるで薄れている。そこに落とし穴があった。


人質事件現場では襲撃の翌朝、37人の外国人人質が集められ、車で移動させられたさい、日本人だけ名乗り出るよう命令されて車列の先頭に乗せられたという。その車列をアルジェリア国軍が空爆したのだが、車列の先頭に日本人が乗っていることを、アルジェリア軍は知っていたんだろか。ここは疑問点だ。


隔世の感。かつてホメイニ革命のイランで米国大使館で長期にわたる人質事件が起こり、イランの友好国のアルジェリアが事件解決の仲介をして人質をアルジェリアに移送、米国に送還したことがある。
 この人質解放のころ、私はアルジェにいた。拙著『日本はなぜ世界で認められないのか』(平凡社新書)でこの間の経緯を書いたが、今では考えられない。


「カスバの女」という流行歌があるが、あれはアルジェリアを舞台にしている。植民地戦争下のアルジェリアの外人傭兵と酒場の女の物語。日揮の方々は酔うとこの歌を口ずさんでいたとう。ここは地の果てアルジェリア、と。カスバは貧民窟だがいまでもある。
 アルジェリア独立戦争の英雄アリはカスバの貧民窟から生まれ、若者の憧れだった。アリは教育のないならず者だった。獄中で革命戦士に目覚めた人物で、南アのネルソン・マンデラと同じだ。
 カスバせん滅作戦でアリを殺害したとき、フランスはアルジェの戦いに勝利したと祝杯をあげた。


アルジェリアの報道ビザを東京のアルジェリア大使館で取得して、取材に出かけたがアルジェリア外務省は東京の同国大使館発行の報道ビザを認めなかった。日本の大使館に出向き、交渉したが、結局、出国してパリのアルジェリア大使館でビザを再取得した。日本大使館や日本外務省の無力を見せつけられた。


以下はツイッターにおける会話。

内藤さんのことは知らないが、学のあるなしでなく、かつては概ね親日だった。しかし現地の親日事情が変化した認識こそ必要だろう。@reservologic同志社大学の内藤正典氏は、アルジェリア武装勢力のメンバーは、学がないのではないかと。学のあるイスラム教徒なら、日本人は絶対標的にしない。

そのとうり。@shimazu_norie 「ここは地の果てアルジェリア」に行くなんて、生きて帰ってきてね。テロが悪いのは当たり前だけど、なぜ、テロが起きるのか、その原因を究明しないとね。


人命最優先の日本に対して空爆したアルジェリア国軍。人命への思想が根本で異なっている。その理由は植民地独立戦争の時代にさかのぼるだろう。人命優先思想は西欧ヒューマニズに基づくが、反西欧のアルジェリアではそれが通用しない。
 山本美香さんがシリアのアレッポに入って殺害されたことを思い出す。仏軍管理下の地域だから、従軍取材なら安全で取材がしやすいのかもしれない。戦時下マリは相当な惨状呈しているが、山本美香さんのジャーナリスト魂を改めて思う。
 自由の国フランスだが、アルジェリア独立戦争で解放戦線に激しい弾圧を加えたのは、左翼政権だった。マリの軍事作戦をやっているのはオランド左翼政権だ。仏左翼政権の限界なのか。

 独立戦争で100万が殺された国でヒューマニズムは育ちにくい。




1月27日

原発がなければ日本経済は成り立たないという原発至上主義者たちは、アルジェリアのような辺境で命を賭けて石油やエネルギー資源を日本へもたらした人々の努力を軽視していたのだろう。日揮という会社の存在を今回の事件で初めて知ったという人が多いのに驚く。日本人は日本のことを知らなさすぎる。


シリア内戦が同胞間の殺戮と報復になっているとNHK深夜の番組が伝えていた。シリア市民が撮影した動画は子供が殺されてゆく惨状を報告。アサド側から寝返って自由シリアのゲリラになる軍人も多数いる。独裁者に反抗したゲリラ部隊が行き場を失うとアルジェリア事件のようなテロを起こす。負の連鎖。


アルジェリアがどこにあるかも知らなかったマスコミ人が、急遽、取材するのはいいが、報道ビザはほとんど降りないから、とりあえずパリやロンドンに行く記者がいるようだが、パリに住むアルジェリア移民を取材しても、おそらく本国の事情はわからないだろう。パリ観光で帰国の羽目になりかねない。




1月29日

日本のプレスといえば、どこの国へ行ってもいわばフリーハンドを持っていた。中国、北朝鮮の取材でも、他の欧米諸国に比べればはるかに自由な取材ができた。アルジェリアでは報道ビザで揉めたが、ビザを整えたあとは自由に取材した。今、欧米並みの風当たりに日本のプレスも直面している。なぜか。


茹で蛙といいますよ@FIFI_Egypt 平和ボケとはまともな情報が流れてこなくて、娯楽ばっか与えられて、いつしかモラルすらこだわらなくなって、それを平和と思い込まされてて。水面下でうごめく危機に気づか無くて、いや気づか無いように教育されて。気が付けば時すでに遅しの状態のこと。

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