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朝日叩きの世相を斬る!
 

朝日叩きの世相を斬る!

「新聞のゼロサムゲームの果て」

    柴山 哲也(ジャーナリスト)

 

朝日誤報事件は日本国内では新聞社間の部数競争のゼロサムゲームの果てに、不況の業界の足元を見た政権によって政治利用され、東京裁判否定を真の狙いとする戦後否定ナショナリズム高揚のために使われている。

私は約20年前に『日本型メディア・システムの崩壊』という本を書いて、日本の新聞への警告をしたが、20年後のいま、「崩壊」という言葉がそのまま現実になったことを悲しむものである。

ネットやブログが確立されたジャーナリズムの代替をするという楽観論にはまだ与しにくい。ネットは不安定で信頼性がなく、日本ではまだネットジャーナリズムの市場は存在しない。ネット情報はタダだから、“安かろう悪かろう”に落ち着く。タダほど怖いものはないのだが、現状では確立されたジャーナリズムの崩壊は、そのまま日本のジャーナリズムの崩壊につながる。つまり日本社会は朝日叩きによって、自由と民主主義の守護神であるジャーナズムの根本を失うことになる。

ところが、『東京新聞』『週刊金曜日』『週刊現代』などごく僅かな良心的メディアを除けば、日本のメディアは深く考えることもなく、安易に右へ倣って朝日叩きに邁進している。公共放送NHKも同じで、英国の公共放送BBCとのあまりのスタンスの違いに茫然とする。NHKは権力に屈服しながら、知る権利を国民から奪い、しかも国民から料金を取っている矛盾したメディアだ。

救いといえば、冷やかに日本の安倍政権と日本メディアの狂乱ぶりを観察する欧米のメディアが的確に事態を分析し、真意をとらえていることだ。欧米の主要な一流メディア群は、安倍政権の歴史修正主義を危険視し、閣僚のネオナチ疑惑を半信半疑で見ており、政権の後押しを受けて朝日叩きに邁進していることを見抜いている。彼らはいずれもジャーナリズムの根本精神を忘却することはない。欧米のジャーナリストは日本ほど堕落してはいない。「武士は食わねど高楊枝」のプロとしての心意気は持っている。

欧米先進国の政府やホワイトハウスもこれらのメディアの論調と足並みを揃えて、朝日叩きの異様さを見ている。

 

結局、朝日問題の帰結とは、日本のマスメディアが言論の自由を自らの手で権力に差し出し、自己否定し、国際世論からの全面的な孤立を鮮明にした事件として、後世に記憶されることだろう。

 

戦時の「悪の枢軸」だった日独伊のうち、戦後ドイツはナチスを葬り、イタリアはムソリーニを葬り自らの力で国際社会に復帰した。

しかしながらGHQとマッカーサーに助けられて国際社会に復帰した日本だが、70年後に従軍慰安婦など存在しない、と言い出し、東京裁判は間違いで大東亜戦争は正義の聖戦だったと開き直った。

 

昨年の秋、久しぶりに古巣のハワイの東西センターを訪ねたとき、知人の政治学者らと旧交を温めたが、日本のナショナリズムを危険視する人たちに会った。GHQで仕事をしていたある学者は、「マッカーサーは敗戦日本を甘やかしすぎだ。我々の失敗だ」といった。東京裁判を否定し、憲法を明治憲法に戻そうとする人々を許さない、というわけだ。日本政府や東電の原発事故汚染隠しについても気にしていた。日本が作ったデータは信用できないので、東西センターでは自前の汚染地図を作っており、私にも一部くれた。ハワイ大学には独自の海洋汚染調査チームが出来た。ハワイの日本料理店で出てくるマグロや寿司、タイ、ウニなどの海鮮食品は日本からの輸入を止めてハワイ近海産に代えていた。

アヒと地元では呼ばれるマグロ釣りのネイティブハワイアンの人々の姿を海岸ではたくさん見た。

 

32年も前の朝日新聞誤報がタイムスリップ状態で現代に蘇り、滅多打ち状態で叩かれている。安倍政権とマスコミ、読売、産経、毎日各社が叩き、テレビがこれに乗り、週刊誌が加勢している。立法府の場でも公的に堂々と朝日攻撃をやっている風景を見ると、この国の政治家たちは憲法21条言論の自由の条文を読んだこともなく、これが憲法によって禁止されている「検閲」にあたることも自覚していないようだ。

 

思うに、大衆の面前で謝罪した木村社長にも言論の自由の浸透度が緩いのではないかと思った。

誤報は正す必要があるが、それは朝日購読者に対する義務ではあるが、購読者でもない人々に頭を下げる必要はない。新聞紙上で訂正すればそれで充分だし、先進国の一流新聞の社長が刑事事件で訴追されているわけでもないに、記者会見して謝罪する風景など、見たことも聞いたことない。世界の新聞の記録にも出てこない。

大正時代に米騒動の事件報道で朝日が筆禍事件に問われ、天皇への不敬罪で刑事訴追された白虹事件があったが、そのときも社主は世間に謝罪はしていない。軍事色の強い寺内内閣時代だが、社主の村山は「寺内ごときに謝る気はないが、天皇には申し訳ない」と語り、紙面で出直しを誓った。失礼だが、木村社長は自社のこの白虹事件の歴史を調べたことがあるのだろうか。

誤報以上の中傷や謝罪をもとめられるいわれはない。従軍慰安婦の強制性の有無よりも、こういう10代の少女たちが多数、慰安婦として旧日本軍の管理下で使われていた事実は消せない。水木しげる『姑娘』という漫画でも描かれている。こういう漫画だと子供たちも読むだろう。

大阪本社で執筆されたあの「吉田証言」なる記事の記憶は、今の朝日記者たちも定かではないだろう。自分が感知していない昔の亡霊の責任を取れ、といわれているようなものだ。

新聞社のくせに誤報をしたものを糺すのを忘れたとは何事か。32年もほうかむりした理由は何か。この誤報のおかがで日本の名誉が大きく傷つけられ、国際社会における日本の立場が失われた。朝日は責任をとって「廃刊にせよ」という声があちこちから聞こえてくる。

この記事をめぐって俄かに沸き上がった外部の朝日非難だが、謝罪を迫られた木村社長でも、記事掲載当時はせいぜい30歳そこそこの記者としてはまだ若造だったはずだし、政治部にいたとしても政治部のない大阪にはいなかっただろう。

当時大阪朝日本社文化部にいた私でもはっきり記事のことは覚えていない。誰が書いたのかも知らなかったが、朝日を辞めて20年になった今、初めてあの記事の執筆者の名を知った。当時の私は海外取材に頻繁に出ていて社内の事情に疎かったせいもある。

あの時代は司馬遼太郎さんの『坂の上の雲』の時代で、日本は高度成長の坂をまっしぐらに駆け上り、自信を取り戻し、アメリカを抜かす経済大国にのし上がった黄金時代だった。

一億総中流化時代といわれ、貯金が10年で2倍になった時代だ。国民はマイホームを手に入れる夢に邁進していた。

 

そういう良き時代だったから、あの記事がそれほど注目もされず、間違いがなかなか発見できなかったのだろう。

今日、声高に首相もいうが、あの記事が世界の日本イメージを直接傷つけた、日韓関係を大きく棄損したという話が事実であるかどうか、第三者委員会はしっかりと検証してもらいたい。こうした事実が確認されないとなれば、針小膨大に朝日記事を言い募っているにすぎないことになり、大きな反証になる。

さらにあの誤報を契機に従軍慰安婦は存在しなかったという言説も数多く見られるようになり、国連や韓国、中国、北朝鮮、フィリッピン、インドネシア、オランダ、にも記者を派遣して、慰安婦にされたという当事国の記録を調べ、生存する人の証言を取り、各国政府見解を聴き、各国で世論調査を行う必要がある。また米国の公文書館には日本軍から押収した関連書類の一部があり、特に、メリーランド大学のプランゲ文庫には膨大な戦時資料が眠っているから、そこを綿密に調査すれば、まだ未発掘の従軍慰安婦資料が発掘できるのではないだろうか。

 

最近、御池とうりにある朝日京都支局の前を歩いていたら、音量をフルにしたマイクで「朝日わあ、謝れー、出てこーい」と叫んでビラを配っている輩がいてびっくりしたが、そういわれても支局の若い記者が生まれるよりはるかに前の記事だろうし、支局長でもまだ子供のころの話だろう。気の毒に思った。

そういえば右翼の野村秀介氏が東京朝日の社長室に入りこんで短銃自殺した事件があったころ、朝日は右翼のターゲットになっていて、連日、築地の本社前に街宣車が何台も来て怒鳴っていた。阪神支局で記者が殺害された事件もそうだが、そういう風景を私らの世代は見慣れているが、平和と豊かさの中で育った若い記者には気の毒な体験ではあろう。ここは委縮せずに頑張ってほしいと思う。恐怖で筆を曲げるのが最も良くない。新聞社も鷹揚な態度でこうした威嚇行為を放置せず、もっと法的な対策を強化したほうがよい。黙っていれば付け上がるものだ。

 

最後にもうひとつ。木村社長の公衆の面前での謝罪が、朝日叩きをすることで利益を得る勢力によって利用されたため、なぜこのタイミングで謝罪したのかと、いう疑問の声が内外のメディアから上がっている点だ。

私もそう思う。時代は朝日に逆風が吹いていた。安倍政権が単独過半数を取り、日本の右傾化が加速する中で、池上氏の原稿掲載拒否を巻き込んだ記事訂正の不手際を見せて、世論の信頼を失った。

そんな中の土壇場での社長謝罪劇は失敗だった、といわざるを得ない。朝日は戦略を失ったまま無条件降伏をしてしまった。政治部出身の木村氏はまさか政治音痴ではないかと、私などは疑った謝罪会見だった。誤報検証の第三者委員会では、社長が記者会見で謝罪するに至った経緯を調査し、読者に事実関係を報告して欲しい。

 

  *   *

なお朝日謝罪事件と米国のニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポストなどの新聞が政府の圧力を跳ね返し、大統領を辞任に追い込んだ物語や英国公共放送BBCがイラク戦争の大量破壊兵器はなかったというスクープで、イラク戦争の評価を書き変えて欧米ジャーナリスズムの金字塔の物語を日本と比較してみようと思う。

               (柴山 哲也)

 

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