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「沖縄地上戦」考

やんばるの森の暴虐 

 

 沖縄の高江の米軍ヘリパッド建設問題で高江住民と日本政府・安倍政権が激しく対立している。高江には「やんばるの森」という自然林があり、この森は71年前の壮烈な日米沖縄地上戦のとき、日本軍に見捨てられ、生き残った沖縄住民たちが命からがら逃げ込んだ森といわれる。

 今、その森がヘリパッド建設で破壊されることに怒った高江住民が建設阻止の実力行使に訴え、本土から送りこまれた警察機動隊と衝突し、深刻な事態に発展している。不幸にも、71年前の日米沖縄地上戦の「本土VS沖縄」の国産バージョンのようにすら見えてくる。

 71年前、沖縄を占領統治していたGHQのマッカーサーの沖縄政策の根幹には「沖縄人は日本人ではない」という考えがあり、これが戦後の沖縄と本土の分断統治の起源になっている。また本土の日本人もまたそのような沖縄への差別観を持っており、長年、沖縄に米軍基地負担を押し付けることに罪悪感をもたなかった。

 実際、沖縄はもともと中国の影響下にもあった琉球王朝が元祖であり、本土の統治下にはなかった。17世紀、江戸時代に薩摩藩の約3000人の軍隊の部隊が首里城を陥落させて琉球王朝を支配下に置き、植民地化して琉球と清国との貿易の実験を握り、沖縄の富を搾取していた。

 明治維新の廃藩置県で薩摩藩がなくなると琉球王朝は廃止され、沖縄県となって日本の領土に編入された。このような沖縄史を紐解けば、異邦人のマッカーサーが、沖縄人は日本人ではないと考えたのは当然だっただろう。もともと日本ではない沖縄の新しい統治者がアメリカに変わっただけだと、マッカーサーは考えていたに違いない。

 

 私がハワイ大学の客員研究員(イースト・ウエスト・センターと兼務)として在籍していたころ、沖縄出身の1世というハワイ大学教授に会ったことがある。まだ若いのに1世だというので理由を聴くと、彼は沖縄戦のときはまだ15歳の少年だったが日本軍に少年兵として徴兵され、戦闘中に負傷して米軍に捕まり捕虜としてハワイの米軍基地へ移送された。

 取り調べで15歳の未成年ということがわかり、身柄は釈放され沖縄へ戻すという話になったという。

 すでに戦争は終わっていたが、彼はもう沖縄へは戻りたくないと米側に懇願し、このままハワイに居たいと希望した。敵国の捕虜の少年がそのままアメリカに居住するという先例がない話に米軍側は困惑したが、彼の意思があまりにも固いので、仕方なしに住居を提供し生活物資も与えてくれた。

 「捕虜の生活は沖縄で暮らすよりよほど快適だったし、米軍の人たちは親切だった。このままハワイに住みたいと心から思った」という。

 彼は米軍やハワイ州の援助を受けて自力で生活を続け、教育を受け、ハワイ大学を卒業しPh.Dを取得してハワイ大学の教授になった。孤独ではあったが、沖縄では経験しなかった自己実現の幸せな生活だったという。

 捕虜体験から始まる教授のサクセスストーリーを聴かされた私は、知らなかったアメリカの懐の深い一面を見た思いがした。恐らく教授は、沖縄戦に幼い自分を狩りだした日本を恨んでいただろうし、捕虜になった自分が故郷へ戻ったとしても、沖縄の生活に希望はないと思ったのだろう。(以上、拙著『真珠湾の真実』(平凡社新書参照

 

鳩山政権は何をしていたのだろうか

 せっかく政権交代したのに、民主党の鳩山政権が斃れた直接の原因は、辺野古基地移設で「最低でも県外」という約束が果たせず、当初の辺野古に戻さざるを得なかったのが理由とされている。

 普天間を辺野古に移転させるという米側との約束を守ることが、政権の存立を保障する絶対条件であることに、鳩山氏は気がつかなかったのだろうか。その場合、地元沖縄の民意はどうでもよいのだろうか。沖縄の民意は圧倒的に辺野古移設に反対だったはずである。

 民意には忠実だったが、米側に睨まれた鳩山首相は退陣せざるを得なかったわけだが、これは独立国の首相としては実に矛盾した話である。米側には忠実だったが、民意に背いたために鳩山内閣は斃れた、というなら話の筋道は成り立つが、ここではロジックの逆転がある。

 私はかねがねこのときのロジックのねじれがわからなかった。しかし鳩山氏が、後に『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのかの著者矢部宏治氏との対談で、沖縄基地問題は日米交渉の通常の外交ルートとは異なる別の場で行われていたことを知らなかった、と述べていたことに驚いた。それは日本側、米側の安保関連人脈が形成する「日米合同委員会」という組織の専権事項という話である。要するに、日本側の意志、米側の意志はこの日米合同委員会の委員たちの意志だという意味だ。

 そんなおかしな話があるだろうかとは思うが、一国の首相だった鳩山氏がそう語るんだから、事実関係を詳細に検証する必要はあるが、恐らくそれは国民の誰もが知らない事実なのだろう。

  鳩山氏はオバマ大統領に「トラストミー」と約束しておいて、大統領の期待を損なったために米国の怒りを買い、キャンセルされたとか、ルーピー鳩山などの噂がネットなどでも飛びかい、手の施しようのない反鳩山ムードが醸成されていた。

 オバマ大統領は歴代の米国大統領の中では有数のインテリだし、リベラルでもあるので、沖縄民意の話し合いもせずに、いきなり怒るのだろうかとの疑問はあったが、日本の全マスコミがそういえば信じてしまうしかない。

 ところがこれも検証の必要があるが、最近、オバマ大統領は「日本の信用できる指導者は、平成天皇と鳩山元首相」と語っているという話がある。鳩山氏は先の駐米大使だったルース氏とスタンフォードの同窓生で大使のパーティにも呼ばれているということだったし、経済人のルース氏はオバマ大統領の信任も篤かったはずである。ホワイトハウスとは太いパイプがある鳩山氏が問答無用で切り捨てられた理由も判然としない。

 しかし前述の矢部氏の著作を読むと、どうやら日米の安保関係や基地問題を仕切っている日米双方のジャパンハンドラーと呼称される一部の人たちによる固定した利権の人脈があり、税金にたかって甘い汁を吸って生きている人たちが、日米双方の無知に付け込んで利権を貪っているのかもしれない、という想像力が働いてくる。もちろん、この問題も詳細な検証が必要だ。

 

 高江の森を取り戻せ、と孤立して機動隊に虐められている人たちには心から同情の念を禁じ得ない。薩摩の琉球支配いらい、ずっと本土の人間の思惑で虐められてきたのに、沖縄戦では日本軍が逃げ出したあと、女も子供も兵力として徴用され、やんばるの森に棄てられた。

 その後にやってきたアメリカ占領軍には日本人ではないとみなされ、基地負担だけを押し付けられてきた。少女暴行事件で沖縄の反基地感情が盛り上がった時期があったが、あのとき沖縄に同情の念を示したのが、ハワイ州知事のワイヘイ氏だった。

 ワイヘイ知事はハワイ州初のネイティブハワイアン知事で、王朝のハワイがアメリカの州になる歴史と重なる辛酸を沖縄にも見ていた。王朝最後の王女といわれたリリオカラニ王女が作った「アロハオエ」は故郷を思う美しく悲しい歌である。ハワイの人たちは今でもこの歌が好きだ。

 あのとき、ワイヘイ知事は沖縄の基地負担の一部をハワイ州でもってもよいという提案を連邦政府に提出したという。米側はその提案を受けいれる用意があったといわれたが、のちに私がハワイの研究機関で聞いたところによれば、ワイヘイ知事の提案を拒否したのは日本側であったということだ。この話をハワイの現地で聞いた私はとても恥ずかしい気持ちになった。

                    (柴山 哲也 

 

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