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日本へ接近するプーチンの意図ーーロシア地政学考

 プーチン訪日の狙い

 

プーチン大統領が訪日するという。

ウクライナ分断、クリミヤ併合、シリア空爆介入など弱体化したNATOとオバマ政権をしり目に、プーチンは世界の支配者然としてきた。タイプは違うにしても、筋金入りの情報機関出身のプーチンは、かつてのソ連邦の支配者スターリンを想起させるものがある。

プーチンの特性は権力への限りない野望だろうか。マイナーながら同様の権力への情熱を燃やす安倍首相とは波長が合うらしい。

 柔道を好むがオバマのようなインテリではないので、この点でも安倍氏と波長が合いそうだ。

さてプーチン訪日で領土問題返還の糸口が見えた、とマスコミは囃し始めた。ロシア問題専門家の元外交官佐藤優氏は新聞のコラムで「プーチンは歯舞、色丹は返す覚悟をしている」と書いていたが、その根拠は何だろう。それが正しい分析なら良いが、佐藤氏の日頃の分析力から見ると、このマスコミへの迎合はやや甘いのではないかといいたくなる。

 ツイッターの中には、安倍氏のホンネは日本で暗礁に乗り上げた原発廃棄物の最終処理場をシベリアあたりにお願いするのではないか、という観測があったが、これなど北方領土返還よりはあり得る話ではないか。

 

スターリンとの類似性

 ところで、北方領土の歴史を若干紐解くと直近では、第二次世界大戦末期のナチス敗北、日本敗戦間近の英米ソ首脳、ルーズベルト米大統領、チャーチル英国首相、スターリンソ連最高指導者の間で取り決められたヤルタ秘密協定に端を発している。

ソ連参戦と引き換えに米英連合国は日本の北方領土のソ連占領を認めた。

 ソ連は約束どうり1945年8月10日に日本領土だった満洲国に攻め込み参戦した。二発目の原爆が長崎に投下された後だった。

 ソ連参戦を知った日本の大本営は天皇の裁可を得た御前会議でポツダム宣言の受諾を決意した。

 アメリカでは原爆投下が日本の敗戦を決定づけたとする世論が大勢を占めているが、実は最近の歴史学ではそうはなっていない。

日本は新型爆弾ということは認識していたが、現地調査もさほどしなかったので、大した衝撃は受けず、戦争続行の構えでいた。

 日米和解の糸口をスターリンに頼もうとしていた日本は、ソ連参戦で万事休すとなり、ポツダム宣言受諾を決意したのである。

 スターリンはおおいなる戦略家であり、二枚舌の外交官でもあった。

 外務大臣・松岡洋右がソ連を訪問し日ソ不可新条約を締結を話したときに、スターリンはクレムリンで松岡を大歓迎し、ウオッかをしこたま飲ませた。この時の様子を外務大臣だったモロトフが回想記で書いている。

 「松岡はすっかりスターリンを信用しただけでなく、心酔し、まんまと騙された」と。スターリンは松岡が帰国するとき、モスクワ駅頭まで送って松岡を舞いあがらせた。

 そのスターリンが日本に参戦するなどと松岡はよもや思わなかったに違いない。

 

北海道分割案のホンネーー国境は敵と接しない

ポツダムの会議で、ルースベルトの急死で交代した新米大統領トルーマンは、スターリンを嫌い本会議には出席させなかった。老獪なスターリンにいつ寝首を掻かれるかわらかないと警戒したのだ。ポツダム宣言への署名もスターリンにはさせず、文章を通知しただけだった。むしろ日本に敗戦していた中国の蒋介石を立て、宋子文を通じて蒋介石に署名させようと画策していた。

 スターリンは北方領土だけでなく、北海道分割を要求した。この要求はトルーマンに断固として退けられたが、もしソ連が北海道に手を出せば、米国との戦争になる、という脅しが利いたのだった。

 8月15日を超えて、日ソの戦闘は続いており、スターリンは北海道をあきらめて北方領土の全域を軍事占領した。このとき北方領土保守隊の日本軍は強く、真珠湾以来といわれた大勝利も手にしているが、いかんせん、戦争はすでに終わっていたのである。戦争に勝ったのだが、ソ連軍に武装解除されるというおかしなことが、北方領土では行われていた。

 ところで、ソ連はなぜ北海道に執着したのだろうか。北海道にはそれほどの資源があるわけではない。しかし領土としての広いエリアがあるし、人口もある。このエリアと人口にスターリンは執着したのだ。シベリア開発が念頭にあったスターリンは北海道の日本男子50万人の労働力=肉体労働者をあてにしていた。占領と共に労働力の徴用を行いソ連の開発に従事させる。

 しかし北海道占領が不可能になった段階で、満州で捕虜になった関東軍兵士などの抑留に切り替えられた。ポツダム宣言では、捕虜になった兵士や民間人は平和裏に日本の故郷へ帰還し、平和な生活を営む権利を保障する、とあった。

 従ってシベリア抑留はポツダム宣言違反なのである。しかし過酷な寒冷の地で日本人の兵士たちは生死をさまよう辛い人生を強いられたのだった。こうした日本人犠牲者に対して、日本政府もソ連政府も何ら謝罪はしていない。シベリア抑留者は自己責任で解決しろ、と日本政府は考えているのだろうか。

 原爆投下では米国に謝罪せよ、オバマ広島訪問に際しても謝罪論が噴出したことを思えば、シベリア抑留者への日本政府の態度はおかしい。同胞に対する人権尊重の意識不在、これが日本政府の戦後71年にわたる態度だった。

 筆者にもシベリア抑留者がいたのでその思いは強い。棄民といえる態度だ。

 

歯舞、色丹分離返還論はホンネと違う

 さて、プーチンは何を考え、北方領土担当相まで置こうとする安倍政権は何を考えているのだろうか。

未だに松岡洋右のような失敗を繰り返しはしないかと不安になる。

ロシアの本質は領土のエリア拡大にあるが、ロシアという国は敵と国境を接するのを嫌う癖がある。安倍首相が潜在的には反米であり、米国にひと泡吹かせたい欲望があり、その点でプーチンと馬が合うのかもしれないが、日本は軍事的に見れば、明らかに米国の支配下にある。

 その意味で日本は米国だから、日本と国境を接することは敵と国境と接することになる。現在は海を隔てて日本とロシアは対峙しているが、北方領土の中の歯舞、色丹だけ返還するという話も、4島一括返還にしても、北方領土そのものが軍事的な緊張の場となる危険は避けられない。歯舞、色丹に米軍基地が出来たらどうするか。プーチンは当然、そういう事態を想定するだろう。

 実際、ポツダムの会議でもルーズベルトは北方領土のどこかに米国民間航空機給油などの使用のための空港を作ることを要求したが、スターリンはこれを断っている。

  ロシアの領土への欲求と敵と国境を接することへの拒絶感。これを物語るのが北海道分割案だった。サハリンや北方領土が海を隔てただけで敵と国境をせしていることへの拒絶感のなせることで、北海道分割で緩衝地帯を作ろうとした。これがスターリンのホンネ中のホンネだ。

 朝鮮半島を例にとるとわかりやすい。スターリンは韓国という敵と国境を接することを嫌がり、北朝鮮に金日成政権を樹立させた。北朝鮮を緩衝地帯としてソ連は領土を保ってきた。

 もしスターリンが北海道分割に成功していたら、「北日本人民共和国」が誕生した可能性が高い。

 

ノモンハンの教訓

 ロシアの領土欲と緩衝地帯への枯渇は、戦前のノモンハン事件で明瞭に確認できる。このロシアの国境地政学を見抜けなかった日本の軍部は、ノモンハンで大敗している。

 ノモンハンの大敗を分析も反省もせずに真珠湾攻撃、太平洋戦争へとつっ込んでいった日本軍部と政府官僚組織の無謀なやり方が日本を滅ぼした。

 この点を見定めるために、次回はノモンハン事件から、今、何を教訓とするかを考えてみたい。(続)

                                            柴山 哲也

 

 

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