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吉と出るか凶と出るかーー安倍首相の真珠湾訪問を占う

 オバマ大統領と共に、安倍首相の真珠湾訪問のニュースが年の瀬の喧騒の中を駆け巡った。

日本の現職の首相が真珠湾を訪問し、犠牲者に慰霊するのは初めて(註)で、7日(ハワイ時間)の75周年の真珠湾デーに生き残りの元兵士約4000人が集結して、日本軍の攻撃で犠牲になった仲間の兵士の慰霊をした。(註:厳密にいえば初訪問ではないが、公表された公式訪問としては初めてと考えてよい。吉田元首相が1951年のサンフランシスコ講和条約調印の帰途、ハワイに立ち寄り真珠湾を訪問したことがあるが、公式訪問ではなく公表もされなかった=ニューヨーク・タイムズ12月9日付。なお地元の『ハワイ報知』新聞は、吉田のほか鳩山一郎、岸信介も訪問したことがあると報道しているという)。

 戦後の真珠湾は、ハワイだけでなく、アメリカ全土にとって、「負の聖地」となり、アンタッチャブルな場所であり続けた。アリゾナ記念館を守るようにして、日本が敗戦の調印をし、戦勝のシンボルとなった戦艦ミズーリが配備されている。

 この聖地を初めて訪問する元敵国の首相が、慰霊のふりをして、実は、来年の総選挙の人気取りのためで、選挙に勝って独裁政権を固めようと画策していることを、ハワイの人や退役軍人が聞いたら激怒するに決まっている。

 「負の聖地」の慰霊には、「純粋な祈り」が必要なことはいうまでもない。邪な心が混ざってはいけないのである。来日するプーチン大統領との北方領土返還が、暗礁に乗り上げているようだから、その代替に真珠湾を選んだーー等というような事があってはならない。しかしそうした目先の政治利用的観測をアメリカの新聞や日本のメディアが伝えている。

 真珠湾攻撃で日本軍に撃沈された戦艦アリゾナの兵士1100余人を慰霊するアリゾナ記念館が、フォード島寄りの湾海上にある。また真珠湾の入り口にある広大な米国立歴史公園の施設には、日本軍攻撃時の記録と映像を克明の止めた展示物や記録映画上映館などがある。

 アリゾナ記念館を含む全施設が米国立だが、近年ここは整備拡大され、ハワイ州の一大観光地として力をいれており、米本土をはじめ世界中から大勢の観光客がやってくる。

 

 私はつい2カ月前にハワイにゆき、単独で真珠湾を訪問してきた。短い滞在中だったが、2度行った。私はかつて勤めていた新聞社を辞めて、ハワイのEWC(イースト・ウエスト・センター)という研究機関とハワイ大学に客員の研究者として在籍したことがあるので、真珠湾には何度も出かけている。約20年間、おりに触れて真珠湾の歴史を日米双方から調べてきた。

 アジアからの観光客は、中国人がダントツに多く、続いて台湾、韓国、シンガポールなどからだ。しかし日本人観光客の姿はあまり見ない。

 ホノルルマラソン時は日本人に席巻されるし、正月のハワイは芸能人の天国になり、ホテル、ゴルフ場、レストランやリゾートは日本人があふれるが、なぜか真珠湾にはいかない。

 真珠湾というと、真珠の養殖池でもあるのかと思う日本の若者もいるらしく、75年前のに日本軍が宣戦布告もせずに国際法に違反したテロまがいの奇襲攻撃をかけた場所であることを知らなかったりする。

 それも無理はない。若者の親の世代はみな戦後の高度成長期やバブル時代に育っていて子供にそんな話もしないし、第一、親も歴史を知らないかもしれない。教科書にも1,2行しか真珠湾の話はでてこないというし、入試問題にも出ない。大学でもそれを教える教授はいない。うっかり入試問題に出題したりすれば文科省に文句を言われかねないしね。先生の勤務評定や首にかかわるかもしれない。

 要するにないないずくしで、日本人全体が真珠湾をなきものにしようとしてきた戦後である。

  

 てなわけで勇気あるアベチャンが、今度、わざわざ「負の聖地」へ行って渦中の栗を拾ってくれることになった。有り難く行ってもらおうではないか。このさい、日本人は薄情ではないということを身を以て示してきてもらおうではないか。

 しかし真珠湾にはオバマさんがついてくるし、トランプさんの強力な支持母体でもある退役軍人会が目を光らせているし、トランプさんが指名した”狂犬”と呼ばれる怖そうな軍人国防長官も控えている。

 

 真珠湾の安倍首相は厳粛な面持ちで献花し、恭しく慰霊をしなければなるまい。その上、真珠湾攻撃を生き残った兵士たちが4000人も存命しているから、彼等は謝罪を要求するだろう。

 75年前のその日、当時のルーズベルト大統領は「アメリカが汚辱にまみれた日」と議会で演説し、日本に宣戦布告したとき、自国中心主義、他国不干渉主義に閉じこもっていたアメリカ世論は目を覚まし、卑怯な日本を叩き潰す、と怒ったのであるから。日本にも言い分はあるかもしれないが、国家ぐるみのテロに対する謝罪を求めるのはアメリカの正義だと、彼等は信じている。

 

 ところで日本のいわゆる識者とか歴史家と言われるお歴々は、真珠湾と原爆投下は相殺できるという言説を唱えている。しかし相殺の和解などという取引は、「負の聖地」にとってはあり得ない。

 昨年12月8日の真珠湾デーに、フジテレビのBSプライムニュースで真珠湾特集をやったとき、私も呼ばれ、秦郁彦さん、三浦瑠璃さんの3人で話したことがあるが、秦さんと三浦さんがこの相殺論を展開していたが、私は違うと考えた。

 戦争の局面や条件がまったく違う事件をいっしょくたにして相殺するなど、軽率な話なのである。真珠湾と原爆の取引をするなど、歴史にとってあり得ない話なのだ。歴史はビジネスではない。真珠湾の和解と、原爆の和解は異次元の話で、まったく別々の課題なのだ。和解が必要なら、ひとつづつ、別々に両国が取り組む必要がある。

 首脳同士が訪問し合うだけで国民レベルの和解が成立するのではない。

 米国大統領として初めて日本の「負の聖地」である広島を訪問したオバマ氏は、米国世論がかたくなに信じる言説、「原爆投下で日本は降伏した。それによって大勢の米兵の命がまもられた」いう信念にあらがうことはせず、謝罪はしなかった。

 しかしテレビでオバマ大統領の演説を聴いたり、被爆者のお年寄りを抱きしめる仕草のなかに「心と祈り」を感じた。自ら折鶴を折って広島を訪問したオバマさんは精一杯の努力をしたのだと思う。

 

 だからたとえ、安倍さんが真珠湾で謝罪はできなかったとしても、精一杯やったとハワイの人々やアメリカ本土の人に、取引ではなく、心が通う理解をしてもらえれば、結果は「吉」とでるだろう。

 しかし目先の選挙や支持率アップの駆け引きとか、自分の独裁政権を固めようとするさもしい動機を見抜かれれば、結果は「凶」とでるだろう。

 ドライに見えるアメリカ人は日本人以上に情で動くところがある。情といえば浪花節に聞こえるが、少し言葉のレベルを上等にすればヒューマニズムだ。逆に、利害関係がからむ仲間の情にはウエットといわれる日本人には、他者に薄情なところがある。

 日本人はほとんど知らないが、真珠湾奇襲で犠牲になったのは、米軍人だけではない。多数のハワイ民間人が誤爆によって死んでいるし、終戦まで戒厳令が解けず、生活上の不便は大変なものだった。また日系1世、2世の人は、スパイとみなされ、逮捕されたり収容所に入れられて監視をうけ、日本語を話すのも禁止されていた。大戦中の日系人は塗炭の苦しみを負ったのだ。

 拙著『真珠湾の真実』を一読していただけば、ハワイの日系人たちに何が起こったか、知られざる歴史がわかっていただけるだろう。

また同書の帯に「誰が史事を歪めたか」というキャプションが付いているが、従来の歴史の定説を覆す新事実を盛り込んでいる。

 

 真珠湾を無防備状態に置いて、わざと奇襲攻撃をさせたのは、ルーズベルトの陰謀だったという陰謀論ーー日本にはまったく悪気はなく、アメリカの罠に落ちた戦争だった、悪いのはアメリカだというマスターベーション的自己慰めの陰謀史観が、右傾化しナルチシズムに埋没する現代の日本では花盛りではあるが、この20年間で、ルーズベルトの陰謀のカケラも発掘せきなかったことを報告しておく。

 ルーズベルト陰謀論ではなく、研究して発見できたのは日本側には宣戦布告をせずに事を運ぼうとした隠れた意志が見える。堂々と宣戦布告すれば相手は反撃体制を整えるから、奇襲攻撃の効果はなくなるのは確かだ。「寝込みを襲うのも卑怯ならず」と軍の幹部が日記に書いている。

 

 下手に宣戦布告を明確にやって万一、奇襲攻撃が失敗したら、統帥部と外務省は責任を問われる。それで、計画時間どうりに奇襲攻撃をするしか、日本には道はなかった。

 ハル・ノートを突きつけて、中国侵略の撤退を迫ったアメリカは、日本の外交暗号を解読しており、1941年11月末から12月上旬にかけて、日本中枢と軍のせわしい動きを関知して、戦争の危険を感じていた。ルーズベルトは天皇あてに「和平」の緊急電報を送った。しかしこの電報を天皇に届けると、奇襲計画に支障が出ることを察知した開戦強硬派の若手参謀が電報を約10時間さし止めて、天皇へ届くのを遅らせた。天皇へ電報が届いたときは、すでに真珠湾は攻撃されていた。

 この親電を差し押さえ、事務方と相談して到着を引き延ばした手口には、軍参謀と外務省の強硬派の若手官僚の意志疎通があった。

 真珠湾奇襲が無通告になったのは、駐米大使館の事務処理と能力が不足し、通告時間が遅れただけだと弁明し、日本政府や外務省の意図ではなかった。駐米大使館の不始末ということにして、ルースベルト親電をなきものにしたうえ、米国を騙すような手口で外交交渉を続けるふりをし、いきなり真珠湾を奇襲したのである。奇襲攻撃を受けたアメリカは呆然としたが、これは通常の戦争行為ではなく卑劣なテロだと認定し、日本に対して正式に宣戦布告した。

 関与した陸軍若手参謀の人脈は首相東条英機に繋がり、外務省革新派官僚は反米強硬派で、国際社会に満州事変を非難されて国際連盟を脱退した外務大臣・松岡洋右の人脈に繋がっていた。 

 この件で中心的な役割を果たしたと見られるS陸軍参謀は、戦後に生き延び、経済界の中枢で活躍し原発ビジネスを手掛けるなどして政界への影響力も大きかった。またK若手外務官僚は戦後の日本外交に大きな影響力を振るった人物である。

 戦前と戦中の日本、および戦後日本は、ファッシズム枢軸国から民主主義国へと国体は変わったことになっているが、支配層の人脈のなかではずっと連続していることがわかる。

 詳細は、拙著『真珠湾の真実』を参照されたい。 (柴山 哲也)

 

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