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記者クラブ解体のすすめ (改訂版)

 

20世紀の遺物・記者クラブ解体のすすめ 柴山哲也(ジャーナリスト、メディア研究者)

 

 官邸記者クラブの問題をついに海外メディアも報道したようだ。今年の日本の言論の自由国際ランクはまたガタ落ちになるだろう。

 発端は官邸の部下の役人が記者クラブの運営に口を出し、気に入らない記者の出席排除を要求した書簡にあるという。 その書簡の内容は国民にも情報公開したらどうか。

 特定の記者の名前は書いてなかったが、書簡内容から判断して排除の対象は東京新聞の望月記者である。望月記者は菅官房長官とのバトル論争で知られるが、菅長官は正面から答えず逃げる。長官の傲慢な応答姿勢は国民への挑戦に見える。国民に挑戦しながら、コソコソと逃げ隠れしている。

 

欧米メディアと日本の落差

 トランプ大統領がホワイトハウスからCNNのアコット記者を排除した事件に似ている。官邸は日米同盟の従属のつもりでやったのかもしれないが、それではトランプ氏が迷惑だろう。それとこれとは本質的な違いがある。トランプ氏は官邸のようにコソコソ隠れず、堂々とツイッターで自分がやりたいことを書いている。今月末にはベトナムでので第二回米朝首脳会談までこぎつけた。有言実行の政治姿勢は安倍さんとは雲泥の違いがある。

 それはさておき、米国には憲法上の言論の自由が確立している。言論の自由など画餅のように考えている官邸の意識レベルとの差は歴然としている。トランプ氏も言論の自由はわかっている。 しかも米国のメディアはトランプ氏に好意的なFOXテレビですらCNNに味方した。ホワイトハウスVSメディアの対立が起これば、全米のメディアがメディア側につく。アコット記者はすぐに記者証を取り戻した。

 

欧米の常識は日本の非常識になる

  少し取材してみたが、今言いたいことは2つある。 前提としていえることは官邸が記者クラブに介入するのは筋違いということだ。記者クラブはあくまで任意団体で公的組織ではない。運営は記者クラブ員の合意で行い、記者会見を主宰するのは記者クラブであり、官邸が主宰者ではない。官邸の人はそこがわかっていないのだろう。官邸クラブの記者たちもわかっておらず、長官のいうことを黙々と拝聴し、パソコンのキーボードをカシャカシャと叩くだけの没個性集団に見える。

 米国的な考え方をすれば、記者クラブは一丸となって官邸の言論の抑圧に抗議しなければならない。それが自由を尊ぶ欧米メディアの常識だが、日本に来ると常識は非常識に変わるようだ。

「知る権利」という難しい言葉を使う必要はない。官尊民卑の明治維新、蔑まれて官の取材ができなかった新聞記者が集団で議会や政府を取材するようになった。それが日本の記者クラブの源流だが、いまの時代にも「官尊民卑」が続いているようだ。官の権化である菅官房長官は偉いのだ。まるで旧ソ連のノーメンクラツーラ(特権階級)を思わせる。

 

 

戦時体制の官製記者クラブの歴史

 日本の記者クラブは20世紀の遅れた遺物なのである。メディアに問いたいことは、いつまで時代遅れの官製記者クラブ制度を維持するつもりかということだ。  しかも官製記者クラブは戦前、戦時の大本営の遺物、戦時体制の遺物でもある。大正デモクラシー時代にはもっと自由な政党政治と記者クラブがあった。新聞記者出身の宰相・原敬の時代である。

 しかし昭和前期の軍部の台頭で新聞は軍部と癒着し、大本営の一翼を担い、政府大本営発表を垂れ流し、宣戦布告なき真珠湾奇襲攻撃をして眠れるアメリカを怒らせ、原爆の逆襲を浴びて敗戦した。間違った方向に日本を導き、国民や近隣諸国に惨禍を与え、手痛い敗戦を被った過去の重い責任を、日本の既成メディアは忘れている。

  さらに、日本が奇跡の経済大国になった30年前の日米自動車摩擦、20年前の日欧経済摩擦のことを思い出そう。バブルの経済大国に踊っていた時代だ。あのとき、米国大使館は記者クラブ解体を求め、EUも記者クラブ解体を求めた。

 日本の巨大マスコミは政府発表の宣伝ツールになり国民を欺いている、情報障壁になっている、という理由だ。日本市場の閉鎖性をリードした日本のメディアは、日本の政治家や特権官僚のいいなりになり、米国やEUとの貿易摩擦を深め、情報の自由な流通の妨げになっていた。

 

他者の言論の自由を妨害する記者クラブ

 日本の国際言論ランクが70位前後を低迷する理由の最大の理由も記者クラブの情報障壁にある。たかが言論ランク、気にすることはないという輩のいるが、実は自由のランキングは経済と両輪なのだ。自由が劣化した国は停滞し国益を損なう。独裁国の経済がやがて回らなくなるのと同じだ。中世から脱したアダム・スミスが「自由経済」を唱えたのはそのためだ。

 英国にも同様の閉鎖的な既成メディアの記者クラブがあったが、ブレア時代に消滅した。英国メディアの国際化、自由化が進み既成記者クラブの必要はなくなって消滅し、自由参加の別の開かれた記者クラブが出来たとBBC政治記者から聞いた。

 2003年、イラク戦争開戦のころ、日本外国特派員協会で「記者クラブシンポジウム」があり、私は司会を務めたことがある。  そのとき外国の記者たちは口をそろえてこういった。「日本には言論の自由はあるが、メディアの自由がない。記者クラブ・メディアは統制されており、他者(外国記者と自国のフリーランス)の言論の自由を妨害している」と主張していたのを思い出す。

 結論としていえば、国際化、情報グローバリズムの中で、戦時下に出来た古い閉鎖的な官製記者クラブ制度は、これを機に解体すべきだろう。

 

官製記者クラブには「ニューズ」もない

 もう一つ、官製記者クラブの記者会見には「ニュースがない」ということだ。

 福島第一原発事故のとき、考えられなかった海外から取材に来たピューリッツアー賞クラスのジャーナリストたちは、東電や保安院の記者会見を相手にしなかった。そこから「真実に至る事実」が出てくるとは考えなかったのだ。

 中東の戦場から駆け付けた著名なジャーナリストもいた。彼らはニュースの現場である被災地に直接、入った。遺体が転がる被災地は戦場と同じだ。彼らは災害の大きさと原発事故の悲惨と重大さを、目線を低くした現場取材で実感し、本国に記事を送った。

 記者クラブの媒介を経ない「ニューズの産地直送」である。

 あえていうと、官邸記者会見の菅官房長官と記者のやりとりの中継をきいていて、バトルはあっても、ニューズはまったくないと感じる。ああいう内容ならわざわざ会見に出席しなくてもコメントの紙を一枚出してもらえば済む。

 官邸記者会見で果たして特ダネが出るだろうか。時間と労力のムダではないか。あの場では記者たちの日常生活の糧になる「玄関ダネ」がせいぜいだろう。しかしそんな御用聞き情報を読者、視聴者は求めてない。

 それより国会取材を丹念にやり、フォローするほうがよほど特ダネに結び付く。テレビは国会中継をしっかりやるほうが、くだらない記者会見を放映するより視聴率も上がるのではないか。

 

いつまで続けるのか「記者クラブ問題

 私が新聞記者になったころから、記者クラブの閉鎖性の問題はすでにあった。記者クラブは巨大なトラブルメーカーなのである。しかし半世紀未も経つがいまだに改革されず、官邸の情報操作が行われている。あのころより言論の状況は悪化している。日本は退化している。今こそ既成の記者クラブの解体を検討するのが、将来のメディアにとって、最も生産的な解決方法だろう。外国人記者もフリーランスも自由に参加できるオープンな記者会見場(プレスルーム)を作るべきである。東京オリンピックで用意されたプレスルームを、五輪後にも各種記者会見のメイン会場して利用すればどうか。     (2019年2月5日記)  

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