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やっと2013年が終る
 今年はアルジェリアで日本人人質のビジネスマンが、多数、テロの犠牲になってなくなりました。
かつてアルジェリアなど、北アフリカのルぷルタージュをやってきたジャーナリストとして、深い哀悼の意を表します。
資源もない小国の日本が欧米のようなテロもなく治安もよく、豊かな国で、国民はそれなりの幸せ感を享受しながら、生きて来れたのは、「ここは地の果て」といわれるサハラ砂漠をいただくアフリカの辺境のような場所で、危険を冒しながら資源獲得のために働いている多くのビジネスマンの方々の犠牲の上に成り立っていることを、改めて認識させた事件でした。

 3.11と原発大事故の後遺症を引きずる日本の明日を予感させる不幸な事件でした。

 その後、消費税が上がり、安全性を犠牲にしても経済効率と金儲けが大事といわんばかりの原発再稼働論が幅をきかせるようになり、多数派を獲得した自民党政権の奢りとしか見えない政治家の言動も目立ちました。

 被災地は3年目を迎えるのに、未だに復興をどうするかという議論が続いています。阪神大震災のとき3年後の阪神地方は、すでに目覚ましい復興を遂げていたと思います。驚くべき政治の停滞です。ロシアの保守系の方々から、日本の被災者、難民を受け入れよ、という要求が出て来たという話まで聞きます。原発事故と被災地への海外の関心がいぜんとして高いのです。

 しかし政治の動きは異質な方向へ向かっています。中韓との領土問題をめぐる紛争解決のために軍事的備えを重視し、日米同盟を強化して米国の後ろ盾で戦争準備に入る動きではないかという疑念が広範に芽生えています。

 平成の治安維持法とまでいわれる秘密保護法が国会をあっさりと通過し、国民はいつ嫌疑を受けるかもしれない脅威を感じているとき、安倍首相は靖国神社に参拝しました。私の身うちにも戦争犠牲者がいて、靖国には何度か参拝しています。しかし違和感のある神社です。あの神社には遊就館というところがあって、大東亜戦争は正義の戦争であったとし、アジアへの侵略ではなく、欧米列強の植民地から解放のための聖戦だったという主張がなされています。
 いま靖国にいる身内は、娘が生まれて間もなく南方戦線へ配属され、戦死しました。補給が断たれた南太平洋の孤島の苛烈な戦闘で斃れたようですが、一枚の死亡通知が届いただけで、詳細は知れず遺品も遺骨も何もありません。
 戦後を生きて、辛い思いをした娘のほうは父親の顔も覚えてはいませんが、8月15日には戦死した父を追悼して黙とうしています。しかし靖国には参拝しないといっています。もう国に騙されたくない、騙されたのは父親だけで十分、という理由です。

 太平洋戦争で亡くなった方々、靖国の日本人兵士に対する尊崇の念を首相が示すなら、ぜひアルジェリアで犠牲になった方々へも尊崇の念も示してほしいと心から思います。アルジェリア事件は、まだ一年前の出来ごとですが、最近はマスコミの話題にも上らず、すでに忘却の淵に沈んでいるような気がします。
 安倍首相が今の政治姿勢を続けるなら、オバマ大統領の広島、長崎訪問も実現はしないのではないかと危惧します。このままでは世界平和への貢献もできないでしょう。

 あんなこと、そんなことを思い出すにつけ、2013年は心がくじける出来事が多すぎたので、このブログの更新もしませんでした。いまやっと2013年が終る、という思いです。私にとっての今年は、主としてアルジェリアでテロの犠牲になった方々を追悼する1年でした。         
                                                                       ジャーナリスト 柴山 哲也

 
 

 
 
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アルジェリア事件のツイートから  柴山哲也
 

サハラ砂漠の砂の結晶 砂漠のバラ


 1月16日に起こったアルジェリア人質事件の内外の報道をウオッチしてツイートした回数が、29日までに43回になりました。私は80年代にアルジェリア、チュニジアの北アフリカから西アフリカのセネガルを回るアフリカのルポルタージュをしたことがあり、今回の事件で蘇り、こみ上げてくる記憶の中に、事件の背景を解くカギがあると感じています。このときのアフリカ・ルポはアイコンに使っている拙著『キリマンジャロの豹が目覚める』で詳細に書きましたが、この本はすでに絶版になっており、読んでいただけないのは残念ですが、このツイートのまとめで、何らかのアルジェリアに関する情報の手がかりを発信することができれば幸いです。

 日本人の人質の方が無残にも10人もなくなり、残念の極みです。哀悼の意を表するとともに、アルジェリアとはどんな国で、なぜあのような事件が起こったのか、真相を解明する必要があると心から思っています。

写真はサハラ砂漠にある「砂漠のバラ」と呼ばれる砂の結晶です。取材の記念品です。砂漠の風に吹き飛ばされた砂が長い歳月をかけて結晶したものです。


1月17日

アルジェリア政府が強行突破したようだが、人質の生命はどうなったのだろうか。情報が錯綜するというか、正反対の情報が行き交う。情報を発信する場が違うと、ニュースも正反対になる。人質解放?人質の死亡?ニュースは一つではないことを、この事件は教えている。考えないとニュースはわからない。


アルジェリアというと2つのフランス映画を思い出す。「ペペルモコ」と「シェルブールの雨傘」。ジャン・ギャバンとカトリーヌ・ドヌーブ。人生の陰影、深さと悲しさが溢れていた。そのアルジェリアは、フランス植民地から激烈な解放戦争をして独立した。戦時、地中海は血に染まったといわれている。
 
「シェルブールの雨傘」は可憐なカトリーヌ・ドヌーブと雨傘のカラフルな色彩が美しかった。若い恋人たちはアルジェリア戦争で引き裂かれる。
 ならず者のジャン・ギャバンは地の果てアルジェリアの貧民窟カスバで死ぬ。
 「カスバの女」の歌を彷彿とさせる映画だった。



セネガル大統領だったサンゴール氏にインタビューしたとき、「世界の中心は地中海で地中海文明が世界を作ってきた」といった。アフリカも世界史の一角を担っているといいたかったのだ。辺境のアルジェリアだが、石油、天然ガスの国というだけでなく、世界を混乱と動揺に直面させている。
 アフリカにおけるイスラムの影響力は、1960年代のアフリカ独立の時代に大陸全体へと広がった。西欧植民地がキリスト教を拡大させた反動としてイスラム原理主義が拡大。昨年出した拙著『日本はなぜ世界で認められないのか』(平凡社新書)で、こうした北アフリカ・マグレブのルポをまとめた。


アルジェリア取材の経験から、この国は硬い唯我独尊のイスラム国だ。植民地の過去から反西欧、反米感情は強い。外国プレスの監視は北朝鮮より厳しい印象だった。人質事件で欧米の介入をよしとせず、自国軍が強行突破、多大の犠牲を出した背景に、この国の歴史が深く関わる。世界は難問に直面している。


アルジェリアは石油、天然ガスしか目立った生産物はなく、政府は石油や瓦斯を外国に売って国を維持している。石油の金は上層部の間で回り、若者は役人になるかホテルに勤めるしか職はない。失業中の若者たちは町をぶらぶらし、役所の前の石畳に座っている。首都アルジェではそんな風景ばかり見た。

1月18

アルジェリア取材でアルジェリア外務省と報道許可をめぐる交渉を何度かしたが、返ってくる答えは、フランス語で「アブソリューマン・パ」(絶対にダメだ)という言葉だった。仕方なく目につかないように写真を隠し撮りしたものだ。写真を撮るたびに、背後の人影が動いた。北朝鮮のほうが取材はしやすかったのを覚えている。

 
 アルジェリアは自主管理社会主義を標榜、ユーゴのチトー主義の影響を受けてソ連とは距離を置いていた。北朝鮮とも友好関係があり、アルジェリアの政治犯を北朝鮮の収容所へ移送するという話も聞いた。
 経済は悪く、物がなく、スーパーには食品はなく、サンダルだけが並ぶ風景や、野菜には草が混じっていた。



西アフリカのセネガルの首都ダカール沖に奴隷島という島がある。昔、捕えられた奴隷が”出荷”された場所だ。ダカールから隣国のマリをつなぐ鉄道があるが、これは宗主国フランスが敷いたもので、マリから奴隷島の海岸まで一直線に伸びている。資源と奴隷を港へ運ぶための鉄道だったといわれる。アフリカの西海岸では、廃墟になったこんなレールがたくさん見つかる。


 
 人質事件収束後、英国キャメロン首相がアルジェリアを訪問したが、その目的はBPの権益の擁護とマリの仏軍支援だといわれる。マリにはウランとレアメタルがある。この争奪が背景にある。
 私が北アフリカのマグレブから西アフリカを取材したとき、朝日新聞文化欄に「噴出する反西欧」というシリーズを書いたが、当時、アフリ諸国は植民地から独立して20年余、南アではアパルトヘイト廃止のうねりがあった。ネルソン・マンデラはまだ獄中にあった。



1月19日

フランス大統領はアルジェリア政府の強硬策支持を言明している。人質の命よりテロリストを壊滅させ、国益を守ったことを評価している。フランスがアルジェリア独立戦争時、特殊部隊の強硬なアルジェの戦いを指導したのは、保守のドゴール政権ではなく、左翼政権だった。左翼必ずしも平和主義にあらず。マリを空爆するフランスは左翼のオランド政権だ。


予想したことだが、人質事件で中東へのエネ依存を下げるべきというTVコメンテーターが出て来た。だが問題の本質をずらしてはいけない。エネだけの話ではない。これからの日本人は海外で仕事しないと生きてゆけない。日本人のリスク感覚は甘すぎる。正確な情報網と救援システム構築が最重要課題だ。


アフリカでは人質事件や思わぬゲリラとの遭遇がある。欧米系の企業などは、退役軍人を雇い突然の軍事作戦に備えているところもある。フォーサイスの世界ではあるが、小国の場合は傭兵によるクーデター事件まで起こる。海外の日本企業は頼りにならない政府に依存せず独自のリスク管理を行う必要がある。


120

NYタイムズによれば、アルジェリア軍の最終作戦で、少なくとも23人のテロリストと人質が死んだと当局者が語ったという。敵味方の判別はつかないようだ。nytimes.com/2013/01/20/wor



 

情報の錯綜といって誤魔化していたが、結局、最悪の結果になりつつあるようだ。事件が起こったときに、英国首相が話していた懸念が正確な状況を掴んでいた。さすが諜報機関の国、といっては失礼だが、伝統ある情報大国だ。一体、日本政府は右往左往するだけで会社任せで、何をしていたんだ。


日本人の犠牲は最悪の結果になり、危機管理能力が問われる。18日の初期段階で米国は現地イナメナスに、英国やノルウェーも近郊まで医療救援機を飛ばした。日本にもガルフストリームはあるが機能しなかった、と小川和久氏のメルマガ「ニュースを疑え」(1月29日号)が指摘。専門家欠如が原因だ。


イナメナスに飛んだ米国救援チームは、現地で解放された人質をのせてドイツまで運んだという。アルジェリアの医療は信頼性が低く、手術を必要とする手当はフランス、ドイツまで飛ぶしかない。
 アルジェリア在住の日本人は、まさかの時のために、パリ行きの航空券とパスポートは肌身離さず身につけている。危険地域で仕事をする邦人がいる場合、負傷者の手当の場所も危機管理の重要要素。日本には何のマニュアルもないようだ。


アルジェリア事件で、日本が現地から撤退する話をするTVコメンテーターがいるが、いくらご都合主義とはいえ考えてものをいえ。石油、天然資源の宝庫のアルジェリアから一時的な避難はあっても、撤退すれば日本の後を狙う国や企業は山ほどある。現地の治安維持と危機管理能力を高めるしかない。



1月21日

  アルジリアの報道ビザが降りないらしい。かつて私は、東京のアルジェリア大使館で報道ビザを取得し入国。アルジェリア外務省に行くと東京取得ビザは認知できないといわれてやむなく出国、パリのアルジェリア大使館で再取得した。悪戦苦闘の事情は拙著『日本はなぜ世界で認められないのか』で書いた。


アルジェリア政府は人質犠牲者の国別数を公表していないが、日本人が最も多いのではないかと推定できる。反欧米の思想が強烈なこの国で、かつての日本は原爆を浴びながら欧米と並ぶ経済大国になり、尊敬の対象だった。無愛想だが親日の国なのに、なぜ日本人犠牲者が最多だったか、背景分析を急ぎたい。


救援にも行けないので自衛隊法を改正するとかいうが、法改正すれば事がうまく運ぶのか。軍事作戦ではなく、自国民救済のために関係国は飛行機を飛ばしている。何もできない日本はアルジェリア政府に要請したり米仏に依頼するのみだった。法改正より能力の問題ではないか。
 

 


1月22日

 アルジェリアの犠牲者の中に、東北の被災地出身の方がおり、残された老母が仮設住宅で泣き崩れる映像を見た。なんていう残酷な現実なんだろう。言葉もない。公表された数字を見ても、犠牲者の7割以上を日本人が占めている。なぜ悲劇が量産されたのか。放置はできない。責任を追及しないといけない。


大戦時、中国戦線を取材していた米国記者エドガー・スノーは、日本軍の戦闘能力は高いが大局の視点に欠けてバラバラな戦になっていると、『極東戦線』という本で書いている。兵士個人の能力は優れているが自分の部隊と上官しか見ていない。自分の一階級の昇進にしか関心がないようだ、と。なるほど。



1月23日

  アルジェリアの状況が日を追うごとに苛酷な現実を突き付けてくる。情報が錯綜するのではなく事実が確認できないことだ。しかし事実の確認の前に想像力が働かなければならない。事実は想像力の中に存在し得る。苛酷な事実に追い回されて想像力を失う愚かさが繰り返される。原発事故のときもそうだった。


今回の事件では、人質の犠牲を出したにもかかわらず、テロリストをほぼせん滅させたアルジェリアの軍事行動に対して、米英仏などの関係国は概ね支持をしているが、平和憲法を持つ日本は、軍事に走って人質救済の努力を軽視したアルジェリアに対する批判と抗議を継続的に行う必要がある。


日本のマスコミ各社はフランス軍が介入を続けるマリへ入ってルポをしている。仏軍管理下の地域だから取材がしやすいのかもしれない。戦時下マリは相当な惨状呈している。自由の国フランスだが、アルジェリア独立戦争で解放戦線に激しい弾圧を加えたのは、左翼政権だった。仏左翼政権の限界なのか。



1月24日


 アルジェリアの新聞がゲリラの標的は英仏と日本だったと犯人が自供、と報じた。親日のイスラム圏で日本がテロの明確な標的になったのは初めてではないか。戦闘に巻き込まれた犠牲者はあったが。私の取材体験からもアフリカのイスラム圏の反欧米に対し、大統領からゲリラまで親日ぶりは確固としていた。

 山本美香さんがシリアで銃撃されたときも、日本人ジャーナリストがなぜ、と思った。これまでとは違う不気味な国際関係の変化を感じた。


 日本人も人質の標的だったとアルジェリアの新聞報道。かつてアフリカの戦場を取材していた先輩記者は、戦場でゲリラに遭遇しても日本のプレスだと名乗り、日本のパスポートを見せれば釈放してくれると話していた。いつからその親日が逆転し、狙われる欧米の仲間入りしたのだろうか。


 1月25日

  中東アフリカのイスラム圏の取材は商社、水産業、航空会社、NGOなどの世話になりながら、細部の情報を得ていた。安全情報は外務省より遥かに的確だった。大使館、領事館はビザ確認で行く程度だったが、大局のリスク情報は国家機関の役割のはず。アルジェリア事件で外務省は何を掴んでいたんだろうか 


 欧米諸国では日本は敗戦国で、軍事的には対等なパワーとはみなされていない。しかし非西欧地域ではそれがプラスとなり、植民地経験もない中東アフリカで親日の経済圏を作ってきた。しかし日本の経済力衰退に代わりアフリカには中国が進出し、親日の度合いがまるで薄れている。そこに落とし穴があった。


人質事件現場では襲撃の翌朝、37人の外国人人質が集められ、車で移動させられたさい、日本人だけ名乗り出るよう命令されて車列の先頭に乗せられたという。その車列をアルジェリア国軍が空爆したのだが、車列の先頭に日本人が乗っていることを、アルジェリア軍は知っていたんだろか。ここは疑問点だ。


隔世の感。かつてホメイニ革命のイランで米国大使館で長期にわたる人質事件が起こり、イランの友好国のアルジェリアが事件解決の仲介をして人質をアルジェリアに移送、米国に送還したことがある。
 この人質解放のころ、私はアルジェにいた。拙著『日本はなぜ世界で認められないのか』(平凡社新書)でこの間の経緯を書いたが、今では考えられない。


「カスバの女」という流行歌があるが、あれはアルジェリアを舞台にしている。植民地戦争下のアルジェリアの外人傭兵と酒場の女の物語。日揮の方々は酔うとこの歌を口ずさんでいたとう。ここは地の果てアルジェリア、と。カスバは貧民窟だがいまでもある。
 アルジェリア独立戦争の英雄アリはカスバの貧民窟から生まれ、若者の憧れだった。アリは教育のないならず者だった。獄中で革命戦士に目覚めた人物で、南アのネルソン・マンデラと同じだ。
 カスバせん滅作戦でアリを殺害したとき、フランスはアルジェの戦いに勝利したと祝杯をあげた。


アルジェリアの報道ビザを東京のアルジェリア大使館で取得して、取材に出かけたがアルジェリア外務省は東京の同国大使館発行の報道ビザを認めなかった。日本の大使館に出向き、交渉したが、結局、出国してパリのアルジェリア大使館でビザを再取得した。日本大使館や日本外務省の無力を見せつけられた。


以下はツイッターにおける会話。

内藤さんのことは知らないが、学のあるなしでなく、かつては概ね親日だった。しかし現地の親日事情が変化した認識こそ必要だろう。@reservologic同志社大学の内藤正典氏は、アルジェリア武装勢力のメンバーは、学がないのではないかと。学のあるイスラム教徒なら、日本人は絶対標的にしない。

そのとうり。@shimazu_norie 「ここは地の果てアルジェリア」に行くなんて、生きて帰ってきてね。テロが悪いのは当たり前だけど、なぜ、テロが起きるのか、その原因を究明しないとね。


人命最優先の日本に対して空爆したアルジェリア国軍。人命への思想が根本で異なっている。その理由は植民地独立戦争の時代にさかのぼるだろう。人命優先思想は西欧ヒューマニズに基づくが、反西欧のアルジェリアではそれが通用しない。
 山本美香さんがシリアのアレッポに入って殺害されたことを思い出す。仏軍管理下の地域だから、従軍取材なら安全で取材がしやすいのかもしれない。戦時下マリは相当な惨状呈しているが、山本美香さんのジャーナリスト魂を改めて思う。
 自由の国フランスだが、アルジェリア独立戦争で解放戦線に激しい弾圧を加えたのは、左翼政権だった。マリの軍事作戦をやっているのはオランド左翼政権だ。仏左翼政権の限界なのか。

 独立戦争で100万が殺された国でヒューマニズムは育ちにくい。




1月27日

原発がなければ日本経済は成り立たないという原発至上主義者たちは、アルジェリアのような辺境で命を賭けて石油やエネルギー資源を日本へもたらした人々の努力を軽視していたのだろう。日揮という会社の存在を今回の事件で初めて知ったという人が多いのに驚く。日本人は日本のことを知らなさすぎる。


シリア内戦が同胞間の殺戮と報復になっているとNHK深夜の番組が伝えていた。シリア市民が撮影した動画は子供が殺されてゆく惨状を報告。アサド側から寝返って自由シリアのゲリラになる軍人も多数いる。独裁者に反抗したゲリラ部隊が行き場を失うとアルジェリア事件のようなテロを起こす。負の連鎖。


アルジェリアがどこにあるかも知らなかったマスコミ人が、急遽、取材するのはいいが、報道ビザはほとんど降りないから、とりあえずパリやロンドンに行く記者がいるようだが、パリに住むアルジェリア移民を取材しても、おそらく本国の事情はわからないだろう。パリ観光で帰国の羽目になりかねない。




1月29日

日本のプレスといえば、どこの国へ行ってもいわばフリーハンドを持っていた。中国、北朝鮮の取材でも、他の欧米諸国に比べればはるかに自由な取材ができた。アルジェリアでは報道ビザで揉めたが、ビザを整えたあとは自由に取材した。今、欧米並みの風当たりに日本のプレスも直面している。なぜか。


茹で蛙といいますよ@FIFI_Egypt 平和ボケとはまともな情報が流れてこなくて、娯楽ばっか与えられて、いつしかモラルすらこだわらなくなって、それを平和と思い込まされてて。水面下でうごめく危機に気づか無くて、いや気づか無いように教育されて。気が付けば時すでに遅しの状態のこと。

| - | 11:21 | - | - |
マスコミの規制緩和
 

竹中平蔵氏に問うーーメディア改革も急務だ

 

民主党政権下で最も安泰だったのはマスコミ業界ではなかったか。マスコミと記者クラブに批判的だった小沢一郎氏が追放された後は、菅政権、野田政権ともに有力政治記者との懇談会を開くなどして、新聞やテレビ業界との蜜月関係を作り上げた。

 実はTV界を筆頭とするマスコミが最も逆風にさらされたのは、自民党の小泉政権や安部政権時代だったことは意外に知られていない。

 2005年、海老沢会長下のNHKで不祥事が頻発したとき、小泉郵政改革を仕切った竹中総務相は、TV界の改革に乗り出し、NHK民営化論が噴出したことがあった。

 2006年に向けた自民党政府の「骨太の方針」の中に、竹中総務相は「放送と通信の融合懇談会」を設置し、マスコミの規制緩和に乗り出したのである。

 民間でできることは民間で、という小泉路線のもとでは、NHKも当然民間でやれ、という政治圧力が生まれたのは当然の成り行きだった。

 しかし、大新聞やマスコミ関係者の間で猛烈な反対が起こり、NHKが民営化すると他の民放経営を圧迫するとか、NHKの公共性が失われるなどの世論の反対もあり、この計画はとん挫した。その後の日本では、政治家の口からマスコミ改革やメディアの規制緩和が正面切って出てきた試しはない。マスコミを敵に回す愚を政治家は初めて気がついたのかもしれない。

 田中角栄のテレビ局支配以来、マスコミは政治家の手の平の上で踊っていると誰もが思っていたが、時代は変化していた。記者クラブを介してマスコミは政治家ではなく、霞が関官僚、とりわけ官房機密費などの金を握る財務省の手の平の上で踊るようになっていた、というわけである。

 

 当時の竹中氏のマスコミ改革の目線は、記者クラブ解放というレベルの内部改革志向ではなく、もっとグローバルな産業レベルの変革を求めたものだった。

 竹中氏は、日本にはなぜタームワーナーのような巨大メディア会社が生まれないのか、と記者会見で問いかけたが、霞が関の役所にある記者クラブで守られた新聞記者の中に、その真意を理解した者はいなかった。

 

 私は竹中氏の政策には批判すべき部分は多々あると思ってきたが、日本のマスコミ改革の提案には基本的に賛同していた。なるほどNHK民営化論は公共放送の観点から見れば問題が多いし、NHKと同様の英国の公共放送BBC対してサッチャーが試みた民営化構想も失敗した経緯がある。

 しかし昨今のNHKがBBCに匹敵するほどの公共放送の中身を維持しているかといえば、そうは思えない。確かにNHK報道の中には、民放が逆立ちしても敵わない質の番組もあるが、いまやそういう番組は希少でしかない。多くのNHKの報道や番組は、概ね、民放でもやれる程度の質でしかないと思う。

 

 それよりも現在のTVをはじめとする既成メディアの番組や報道の大多数は、報道の名に値しない愚にもつかない言説を垂れ流し、独りよがりで世界性や普遍性がなく、自分の組織利益を守るのに汲々とし、既得権益を擁護して、視聴者の期待を裏切り、国民に嘘を伝え、事実と真実から遠ざける報道が多すぎる。権力側の情報操作や既得権のPR機関にすぎない、と思わせる報道や番組があまりにも目立つのである。

 とりわけ、3.11を境にした報道、福島第一原発事故をめぐる報道やその後の原発再稼働をめぐる問題等では、国民の目から事実を隠ぺいする報道が目立った。放射能汚染の迅速な情報は国内メディアからではなく、概ね、海外メディアからもたらされた。

私は3.11以降の日本の報道の堕落について、『報道ウオッチ 3.11』というiPhonやインターネット販売の電子本を書いて、アップルストアに置いた。活字メディアといえど、既成の紙媒体だけではなく、ネットを使わないともう駄目だ、と思ったからである。

 

 竹中氏のメディア改革ので最も注目すべき点は、「日本になぜタイムワーナーがないのか」という部分だ。タイムワーナーとは米国の巨大メディアコングロマリットで、GEとかディスニーとかニュースコーポレーション等もそうだ。

 日本の既成メディア企業は新聞・テレビ・出版を併せても4兆円レベルの市場規模で、せいぜいトヨタ1社の3分の1か4分の1程度でしかない。1社の総収益が兆ドルレベルに達する世界のメディアコングロマリットとは比較にならないほど、小規模なのが日本のメディア産業である。

 

 バブル時代の日本のメディア産業の規模を分析したMITのウエストニー教授によれば、日本の広告産業の市場はGDP比でいうと、米国の4分の1で、当時のブラジル並の途上国レベルの規模でしかないと分析している。

 なぜ広告市場のサイズが小さいかというと、日本の広告産業が極めて自閉的で国際化しておらず、電通、博報堂という2大広告会社に牛耳られているからだ、という。

 要するに日本のメディア産業は規制だらけで成立しており、広告は電通、博報堂の2大広告会社の寡占体制から解放され、グローバルなメディア産業へ脱皮しない限り国際的にサバイバルできない、と指摘しているのである。

そのためには官僚に牛耳られたメディアシステム(電波利権)の規制緩和が必要だし、大新聞が株主として民放各社を系列の子会社にして支配しているメディアのクロスオーナーシップを禁止する必要があるのだ。例えば、再販価格維持制度ひとつ見ても、大新聞は規制で守らているのだ。

このたびの消費税アップの中で、新聞だけが消費税を逃れる可能性があるのも旧体制と新聞の癒着が伺える。 

 

 記者クラブが日本的メディアシステムの弊害の最たる部分であることは確かだが、もっとグローバルな視野から日本のメディア改革を論じる必要がある。

 メディア改革をしなければ、たとえ経済が一時的に好転したとしても、内向きな日本の姿勢が変わることはない。日本人の内向きメンタリティが変わることもない。

日本という閉鎖的で内向きな国と国民文化に新しい知と血を導入するには、まずもってメディア改革を断行する必要があるのだ。

 

 竹中氏が安部政権でこのたび復活するならば、自らが数年前に着手しようとしたメディア改革のことを忘れるべきではない。あの時は、郵政民営化の次はNHK民営化だという、単なる思い付きでメディア改革を提唱したのであれば、やはり竹中氏が口にする改革は信用できない。

メディア改革の課題は、目先の経済問題以上に、日本の将来にとって重大なことではないかと思っている。あえて竹中氏に問うゆえんである。

 

以上の論点に関して、私は以下の著作で様々な視点から論じている。

『日本はなぜ世界で認められないのか』(平凡社新書)

『日本型メディアシステムの興亡』(ミネルバ書房)

『日本型メディア・システムの崩壊』(柏書房)

『戦争報道とアメリカ』(PHP新書)

『日本のジャーナリズムとは何か』(編著、ミネルバ書房)

 

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電子書籍『報道ウオッチ 3.11』~日本の報道はなぜ世界で認められないのか〜

現代メディア・フォーラム出版のお知らせ

  柴山哲也著『報道ウオッチ 3.11〜日本の報道はなぜ世界で認められないのか』を刊行しました。 電子書籍としてAPPストアに出品してあります。
 以下のURLからサンプルをご覧ください。https://itunes.apple.com/us/app/bao-daou-otchi3-11-ri-benno/id554967757?l=ja&ls=1&mt=8

 スマートフォン、iPAD で購入できます。料金は現在、170円で設定してあります。APPストアへの支 払いのため、将来的には値上げする可能性がありますので、ご了承ください。

 内容は、柴山哲也が2010年3月11日に起こった東日本大震災と福島第一原発の過酷事故の報道を一年以上にわたってウオッチした記録です。
 日本の巨大メディアの報道内容、記者クラブ発表等の中身を海外報道などと比較し、独自の取材による見解を加えました。なぜ日本のマスメディアの信頼度が3.11以降、急速に失墜したのか。

 先に柴山が刊行した『日本はなぜ世界で認められないのか』(平凡社新書)を補完する内容になっています。

 電子化にあたって、電子書籍『荘子の言葉』を書いた経験のある20代前半の若手IT起業家の堀川遼介氏の尽力を得ました。本書をAPPストアで販売するにあたり、APP米国担当者とタフな交渉を、約一カ月にわたり、電話と文書を通じて英語で行ってくれました。
 
 本の電子化には困難な状況が多くありますが、これが可能になれば、安価で本を市場に提供できるメリットや出版社編集部との煩わしい企画交渉を省略でき、ほぼ自分の思う形で自由に本を作ることができます。
 その点、著者にとって大きな希望にもなります。 現代メディア・フォーラムでは、今後も電子化の試みを続けてゆく所存です。読者の方々の賛同を得ることができればと存じ、よろしくお願い申し上げます
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山本美香さんの死と自己責任論
 

現代メディアフォーラム緊急声明

山本美香さんの死と自己責任論

 

 フリージャーナリストの山本美香さんがシリアの戦場取材中に、シリア政府軍の民兵によって銃撃され死亡したニュースが、オリンピック凱旋ムードに沸く日本列島に、衝撃をもたらした。

 シリアのアレッポという町で、彼女が銃撃されるに至った過程は、マスコミでも詳細に報道されたが、その映像はほかならぬ彼女が自分自身で撮影していたものだった。

 カメラを回す山本さんは、戦場で取材するジャーナリストのイメージにはにつかわしくない、しなやかで奇麗な普通のお姉さんのような姿だった。こんな人がなぜ生死を賭けたハードな戦場に身を置くのだろうか、そんな思いがした。

 女性や子供を見境もなく殺すアサド政権の残虐性は稀に見るものだった。ジャスミン革命やエジプト革命に端を発した北アフリカ革命が最後に飛び火した場所で、アサドはシリアの国民を人質にして虐殺を繰り返し、自分の政権を死守している。

 

 彼女が銃撃された経過はよくわからないが、同行した佐藤記者の談話や各種の残された映像からだいたいの見当はつく。銃撃場所の近辺で死亡したのは、どうやら山本さんだけではないかと考えられる。一緒にいたというパレスチナの記者がシリア政府軍に拘束されたというが、この真偽は不明だ。銃撃したのはシリア政府軍民兵というから、山本さんはシリア政府から単独で狙われて殺害されたことになる。山本さんが撮影したビデオには銃を持った男が、「日本のジャーナリストはどこにいる」とつぶやく不気味な姿が映っている。

 

 自分の手が届かないジャーナリズムを極度に警戒する独裁者がジャーナリストを殺害することはよくある。しかしこれまで、日本人のジャーナリストは、欧米のジャーナリストに比べ、殺害される危険性は少なかった。

というのも、平和憲法を持つ日本は平和主義国家で、中東の戦争には中立の立場を保っていると、欧米に反感を持つ中東やアフリカ諸国のゲリラたちは、日本人には比較的良い印象を持っていたからだ。
 日本が経済大国で金持ちであること、何十年か前には米英を敵に回した大戦争をやったことに対しても、畏敬の念を持っている。

 

しかしアサド政権にはこれが通じなかった。アサドがそれほどジャーナリストを嫌っていたのか、あるいは3.11震災と原発事故で日本という国の立場が弱くなり、もはや尊敬されない国になったという足元を見たからかもしれない。

 

山本さんは独立のフリーのジャーナリストだが、海外に出れば日本を背負ったジャーナリストである。日本の評価はそのままジャーナリストの扱いにもつながる。日本では巨大メディアと威張っていても、海外でその名を知る人はいない。社員であろうとフリーであろうと日本のジャーナリストなのだ。

山本さんが自分の判断でシリア取材をしたのは自由な意思だろうが、国家として山本さんの取材の安全と保護を要求するのは日本政府の役割だ。従って、山本さんの死の責任はシリア政府と日本政府にもあるので、彼女だけの自己責任ではない。この点、日本政府のいう自己責任の考えは間違っている。

山本さん銃撃死でフランス外務省はいち早くアサド政権非難の声明を出したし、アメリカのホワイトハウスも弔意を表した。
 しかし私的政争に明け暮れる日本の政府は、山本さんの死には何の関心も払ってはいない。官房長官がおざなりのお悔やみを述べただけとだと記憶する。
 日本政府はシリア政府に文句のひとつもいっていない。

北朝鮮に拉致された女性ジャーナリストをクリントン元大統領が救出に出かけたのと大違いだ。

 

山本さんがシリア政府軍民兵に狙い撃ちされた疑惑があるのだから、戦闘に巻き込まれて死んだという言いわけでなく、真相を調査究明する義務が日本政府にはある。
 もし日本人ジャーナリストと知りながら狙い撃ちしたのであれば、アサドは国際法に違反する戦争犯罪人になる。

 

山本さんの死は自己責任とする自己責任論が、ジャーナリズムの側からも出ている。これは同業者としては許し難いことである。

しかしシリアという辺境の国の戦争の真実を日本人の目でレポートすることは重要だ。シリア戦争を伝える日本人ジャーナリストは必要だ。戦場は恐ろしい。誰でも行きたくはない。しかしかつて、橋田信介、澤田教一、一之瀬泰造という、いずれもフリーのジャーナリストや写真家が戦死した。彼らは命を犠牲にして日本人の目で見た遠い国の戦場を伝えてくれた。

 とかく日本人は欧米の目で中東やアフリカやアジアを見てきた悪癖がある。日本独自の自立的な視点が希薄だった。欧米のジャーナリズムが伝えるシリア戦争と日本人ジャーナリストが見たシリア戦争の見方は根底から異なるのである。

 

われわれが飼いならされてきた欧米の世界観から抜け出して、自らの自立した世界観を作るためにも、中東やアフリカや発展途上国の事実のレポートは、戦争に限らず必要だ。

 

山本さんは戦争で破壊され命を奪われる女性や子供たちのレポートをかさねてきた。銃弾が行き交う戦場の真っ只中の取材は怖かったことだろう。しかしその恐怖に耐え、戦場を伝え続けた日本で稀有な戦場ジャーナリストだった。

 今になっては致し方ないことだが、山本さんには銃弾の飛び交う戦場のど真ん中から少し距離を置き、戦場で暮らす人々の生活の様子、戦争でいかに生活が破壊されたかを克明にレポートして欲しかった思う。

 

その山本さんの最後の映像には自らの遺体が映っている。山本さんが撃たれて投げ出したカメラを拾って、反政府軍兵士が映した映像とおもわれるが、遺体の映像と共に画面に出てきて、日本のマスコミは遺体を映さない、日本の報道の自由を守れといっている。

これがシリアのために命をおとした彼女に報いる言葉だろうか。反政府軍にしてはあまりにも人の命を軽視し愚弄しすぎている。怒りを覚える。

 

反政府軍の諸君、君たちは山本さんを守ることができなかった。その程度の能力で残虐なアサドを斃せるとでも思っているのか、といいたくなる。

 

確かに日本のマスコミは伝統的に遺体を映さない。それにしてもゲリラたちはなぜそんな事情を知っているのだろうか。それは東日本大震災の報道でも問題になったことだった。議論はあるが、事件のむごたらしさを知るには必要なことでかもしれない。

しかし反政府軍を名乗る諸君にそれをいわれる筋合いはない。日本の報道の自由はわれらが守る。

 

さらに日本の新聞、テレビはこぞって「山本さんの遺志をつごう」といっている。しかし彼女の本当の「遺志」が何かわかっていっているのだろうか。一時しのぎの社交辞令なら言わない方が人間的で誠実である。

 

シリアの戦場に自社の記者を派遣して危険な戦場を報道しようとでもいうのか。そんなことは、規制と自己保身と自粛だらけの今の大手マスコミにできる相談ではない。戦場で命を捨てるかもしれない記者を派遣するなどは論外なのだ。

第一次湾岸戦争時、CNNのピーター・アーネット記者と共にバクダッドに残った経験のある大手テレビ局の知人は、残りたければ会社には一切、迷惑をかけない、という念書を書けといわれ、念書を書いて戦場に残ったと話していた。

 大手マスコミはフリーの命を金で買って、お茶を濁し報道した気分でいるという巷の風聞は間違ってはいない。

 

重要なのは取材上の「自己責任」という言葉だ。この言葉は、何か現地で事故を起こしたり、死亡したりしても本社は一切、責任を負わない。取材の成果は買うが、あとは知らない、というメディア側が言う「自己責任論」である。

フリー記者に自社の記者を出せない危険な取材を依頼し、その成果はコストカットで買いたたく。
 こういうメディア界の風潮が無理な取材行動を生み、結果として事故や生命の危険につながる。山本さんの名誉のために、そうだったとはいわないが、シリア取材はあるTV局の委託を受けた仕事だったという。この場合、山本さんの死の責任はTV局にもある。

 

こう考えれば、記者本人だけでなくメディア側も責任を相互に分散して負う、という取材のルールの構築とフリーの独立性と安全性を高めるシステムを作る必要があろう。

 

山本さんは非常に責任感の強い人だった。大学院で彼女の真摯な講義を聴いた大学院生の女性はツイッターで、「一言一句聞き洩らすまいと必死でノートを取った」という。自己責任論について、山本さんは「仮に記者が死んだ時、社長に責任をとれ」というのは違う。こういう主張をすることで「規制が委縮につながってはならない」と話していたという。

山本さんは自由に取材ができる環境を何より望んでいたはずだ。自己責任で行け、というならそうする。そうでないと、自己保身の規制ばかりが拡大し、何も取材できなくなることを怖れていた。
 実際、福島原発事故では30キロ圏内の立ち入り禁止が法的に実行されたとき、日本の大手メディアはすべてこれにならって、30キロ圏内の取材はできなかった。このため、事故の全貌は分からず、戦時下の大本営さながらの安全神話と虚偽の情報を国民は受け取った。
 外国メディアでは、リビア内戦取材中のジャーナリストらが急遽、フクシマに駆けつけ、法の規制の網をかいくぐって事故の真実のデータを取材して世界に発信した。
 戦場取材に慣れた外人ジャーナリストは、「フクシマ取材は戦場と同じ、現場に記者が行かないでどうする」と語っていた。
 確かに、30キロ圏内立ち入り禁止の法的な根拠は、放射能汚染の危険と住民が避難した後の無人地帯の治安維持のためであり、メディアを規制する目的ではない。
 日本のマスコミは30キロ圏内立ち入り禁止の規制を自分たちにも適用することで、真実の取材をさぼったのだ。

 
 

無用な規制をなくし、ジャーナリズムの環境を少しでも良くし、正しいものにする。それによってジャーナリズムのあるべき価値観を、マスコミもフリーも共有し価値のある報道を作り上げてゆく。それが日本の国を良くする道だ。

自由なジャーナリズムが作る世論が国の根幹を担う社会こそが健全な民主主義の国だ。
 その意味でいえば、真実から逃避するための「自己責任論」が横行し、かつ大手企業とフリーの非人間的な格差を生む日本のジャーナリズムの仕組みは、不自由で抑圧的で歪んでいる。
 こんな現実を改革もできない日本のメディア界からマトモなジャーナリストが生まれるはずもない。


 日本のジャーナリズムにある「自己責任論」という名の規制の解体こそ、山本さんの遺志を継ぐ究極の道だと考える。
 ジャーナリズムは私物や娯楽本意の情報ではなく、成熟を目指す民主主義社会にとって、「公共の知」を提供する唯一無二の知的機関である。今こそ、こういう理論的な原点に立ち帰らなければならない。

 

| - | 18:51 | - | - |
京都の水と原発瓦礫
 

安全確認も何のその、危険な急発進をした大飯原発再稼働に全国各地で抗議行動起こっている。官邸前のデモは20万人と主宰者は発表し、デモに騒乱こそないものの、エジプトのタハリール広場で起こった反ムバラクデモを思わせる光景だ

この原発騒乱はついに世界の文化都市、京都をも巻き込み始めた。

 

 千年の古都で天皇の御所がそのまま残り、洛中洛外に神社仏閣、多くの文化財、数々の景勝地を目当てに大勢の観光客が四季を問わず、訪ねてくる。祇園祭、時代祭、葵祭などの祭りには世界の観光客が京都に来る。文字どうり京都は世界のシンボリックな文化都市なのある。伝統文化が詰まって自然も守られていて、日本の癒しの空間が京都、ということだ。

 鴨川には海からの天然アユが遡上して、四条大橋近くの鴨川の料亭の床からアユの釣り人の姿が見える。安藤広重の版画を見るような懐かしい風景だ。

京都は水の都であり、琵琶湖に匹敵するほど豊富な地下水が巨大な固い岩盤の上に蓄積されている。友禅染や茶の湯で使う上質の水や湯豆腐、白いタケノコ、京野菜などの繊細な食物も京都ならではの上質の水がもたらす名産だ。

 しかし最近、住んでいる人間には、釈然としない点が多々出てきた。京都の自然と命の水は守られるのか、ということだ。

大飯原発再稼働だけでなく、大阪、北九州や島田市のように震災瓦礫焼却の話が持ちあがっている点だ。放射能検査は実施するとの当局の説明はあるが何らかの放射能は含まれていることは間違いない。ほかにクロムやヒ素も混入していると、細野環境大臣はテレ朝の玉川総研の番組で認めている。そんな瓦礫処理を京都でも受け入れよ、というわけであるが、これは京都の歴史も伝統も知らない滅茶苦茶な話だ。

 

 京都の瓦礫処理場は市中を流れる鴨川上流に集中している。 鴨川の上流の北山には雲が畑という渓流の村落があり、ここはイワナ、アマゴがいる秘境山里で渓流釣りのメッカだが、近年、渓谷沿い空き地に産廃業者の処理場や焼却工場があちこちに建設されている。恐らくこの産廃焼却炉のどこかで焼却などの瓦礫処理をすることになろうが、そうなれば鴨川や京都の地下水の汚染は必至だ。当然ながら、京都市民から反発の声が上がっているが、予断を許さない。世にいう産廃利権で財政難の市に金が転がり込んでくるので、為政者にはおいしい話だろう。大阪の橋下市長も積極的な受け入れ姿勢を表明し、市民ともめている。

 それはさておき、京都御所の天皇の飲み水を提供したのが鴨川水系の地下水だ。葵祭は御所を出た天皇の勅使が下鴨神社に来て水の神に感謝する祀りである。千年の都の存続にあたって、いかに水の品質に気を遣ってきたかがわかる。

千年来、都の水を守ってきた鴨氏の子孫は現存し、今でも京都の水を守っている。

  全国各地の協力で震災瓦礫を受け入れ被災地を支える絆の義務を細野環境相は国民に押し付けているが、京都までが横並びで同じことをしてもいいのだろうか。千年の伝統に支えられた鴨川の水をわざわざ放射能の危険にさらす必要があるのだろうか。放射能は微量だと抗弁しているが、クロムやヒ素が混入した瓦礫をばら撒くのは違法行為ではないのか。政府の強弁からは理性の声が聞こえてこない。

 細野氏は京大出身ということで、私も京都の大学出身なので京都を汚染させたはならないという気持ちは強いが、細野氏の心にはそういう郷土愛はないのであろうか。

 どんな危機の時にでも、守るべきものは守る必要があるのではないか、と思う。

 平等意識の強い役所の環境省は、京都を特別視せず、全国展開する方針らしいが、そんな役所の平等意識だけで物事は解決しない。みんなも被曝してるのだからお前も被曝しろ、なんて悪平等の見本である。瓦礫で放射能汚染が起こらないという学問的な確証はどこにもないのである。

 

 細野氏も関与して再稼働させた大飯原発から京都の御所までの距離は70キロ程度、福島第一原発で考えると結構な近場になる。最近直下には活断層が発見されているという学者の報告があるが、環境省も保安院も関電も調査はしていない。

安全管理に不安がある大飯原発でもしもの福島第一クラスの事故が起こると、京都と鴨川の汚染は必至だ。

 

 歴史をひもとくと、大戦中、米国は原爆投下第一目標を京都に定めていた。日本人の心の故郷である京都を消滅させれば、日本は戦う意思をなくすだろうという思惑だった。

しかし京都原爆投下計画に大反対し、古都を爆撃するな、とトルーマン大統領に手紙を書いて直訴したのは、陸軍長官のスティムソンだった。大統領は陸軍長官の反対に折れて、京都への原爆投下は取りやめになったといわれる。軍人スティムソンは京都の文化価値を知っていて、京都に原爆を落とすと世界の非難を浴びると考えたのだ。これについては、拙著『日本はなぜ世界で認められないか』(平凡社新書)で触れている。

 おかげで京都は大戦中も、他の全国各都市が米軍の空爆で壊滅的打撃を受けたのに対し、ほとんど戦災を受けることがなかった。

 

 原爆投下や戦災からも守られた京都なのに、日本人自身が京都を守ろうとする意志が欠如しているのではないか。今、そんなことを思う。日本のシンボルである千年の都といい、「日本に京都があって良かった」と癒しの旅を求める日本人は、気が向いたときに利用するだけでなく、ともに京都を守る決意が必要ではないか。

 被災地に役に立つ行動は一緒に震災瓦礫を燃やすことや、最も隣接する原発をあえて再稼働させることではなかろう。

 日本に京都があって良かった、と日本人が本気で考えているのなら、こうしたリスクを京都にあえて負わせるべきではない。

 

 米軍の戦災や原爆からも守られた都市だからこそ、古い街並みと自然と文化が残った京都の存在価値がある。

 日本人が京都は心の故郷と本気で思うなら、観光と癒しのために遊びに来るだけでなく、こういう歴史的側面にも心を配る必要がある。」

| - | 14:05 | - | - |
世界遺産としてのビキニ環礁と日本の立場
 瓦礫処理にも外交能力が必要だ
 

日本は福島第一原発由来の放射能汚染瓦礫、焼却灰、除染土砂などを捨てる場所がなくて困り果てている。

 仕方なく、非汚染地帯の西日本を含め全国各地に汚染瓦礫の焼却を平等に配分してことを、まるく収めようとしている。

 しかし税の負担とは違い、放射能は人体へどんな影響を与えるか未知数だ。日本政府は軽濃度といっても測定方法やサンプリングの仕方で多様な数値が出るし、年齢や個人差で体内被曝の仕方も変化する。

いくら被災地支援といっても、命を投げ打ってまで引き受けてやろうと考える人は少ない。このため、全国のあちこちで放射能瓦礫の自治体への押し付けに反対する住民運動が高まっている。

 

 狭い日本列島のどこに行こうと、過疎地の離島であっても人が住んでいる。無人島のような島は尖閣諸島くらいのものだろう。

 そこで尖閣に自衛隊を派遣して領土防衛するよりも、いっそ放射能汚染瓦礫や焼却灰を尖閣諸島に捨てることで、おのずと中国は自国領土だというのをあきらめて、日本は尖閣の領有権を永久に保守できるというものだ。

 

 それはさておき、南太平洋にはかつて戦勝国の米英仏が繰り返した核実験の遺跡がたくさんある。

 1945年の広島、長崎原爆以降、世界で行われた核実験回数は2379回といわれ、その中の多くが日本から遠くない南太平洋で行われている。

 

 ビキニ環礁では米国が67回、ムルロア環礁ではフランスが160回以上、クリスマス島やオーストラリアの砂漠でイギリスが45回の核実験を南太平洋で行ってきた。

 

 ビキニ環礁の核実験では日本の漁船が被曝して久保山愛吉さんが死亡するなど日本世論に大きなショックを与えた。

 そのビキニ環礁のあるマーシャル諸島を取材したことがあるが、現在でもここの放射線量は高くて人が住めるレベルにはない。恐らく半永久的に人が定住して農業や漁業で生活できる島には戻ることはなかろう。

 

 しかし約半世紀以上を経た現在、限られた日数なら人が滞在できる程度にまで線量は下がっている。滞在用の観光ホテルも出来ていて、ダイビングなども可能になっている。

 

 ビキニ環礁は人類の負の遺産として、近年、ユネスコの世界遺産に指定された。核実験という愚行によって破壊された海洋環境汚染のシンボルになっている。

 

 いま日本は世界が注視する原発大事故の処理で困窮している。

汚染瓦礫を人が大勢住む地域に捨てるしか方法がないところへ追い詰められている。

瓦礫や食品汚染の拡大で、多かれ少なかれ、日本国民は何らかの被曝をすることになり、広島、長崎から66年目に二度目の原子力災害に直面してしまった。日本国民は、自らが仕出かした事態とはいえ、この原子力災害からの救済を世界に求めるしかない。

いくら頑張ってみても自力救済には限度があるだろう。

 

そこで核の負の世界遺産に今の日本が貢献できることは、日本がここへ積極的に関与し負の遺産を保全する役割を果たすことだ。

 

実際のところ、汚染瓦礫はすでに汚染された場所にすてるしかない。汚染処理のために新たな汚染地を作ることは道理に反している。

 

多額の援助金を餌にモンゴルに放射性廃棄物を廃棄する案が出されたことがあったが、モンゴルの反対でとん挫したのは当たり前のことなのだ。

 

ビキニ環礁あるいは南太平洋の核実験汚染で人が定住できなくなった場所に、低濃度の汚染物質に限って、福島原発由来の汚染物質処理を依頼する道を探すことを考えたらどうかと思っている。

戦後、日本の平和主義と日本経済の発展は世界に大きな貢献をしてきた。ドイツがナチズムを克服したのと同じように、日本は世界平和に寄与したはずだ。

これまでいくぶん自虐気味に生きてきた日本人が、困窮した現在、サバイバルのための若干の要求を世界に行っても良いのではないか。

 

米国は日本へ原爆を投下し、原発を日本へ持ちこんだという責任がある。このさい米国との交渉力が第一のカギになろう。外交交渉とは、何を守って何を譲るかである。得るものが大きいときは、失うものもある。その優先順位をどこに求めるかだ。

 

これには他国や現地とのパワフルな外交能力、説得能力が必要となるので、それほどたやすい道ではない。

第一に、世界世論は日本が明確な脱原発宣言をすることを要求するだろう。

 

| - | 11:19 | - | - |
マスコミは政治テロリストか

政治の正常化よりマスコミ正常化が先だ!

  3.11から半年、時間は止まったまま

 3.11から半年になる。政治の混乱で被災地は放置され、原発事故は悪化しているのか、収束に向かっているのかすら分からなくなってきた。
 外国の大使館が家族を遠隔地に移動させたとか、チャーター機を飛ばしてきている等の情報があると、すわ!水蒸気爆発か何かあるのか、と不安を募らせて勘繰るのだ。
 テレビは特集を組んで相変わらずの大津波映像を繰り返し流し続けている。米国の9.11の時は、ツインタワーが崩壊する映像は被災者のトラウマを助長するので、すぐにテレビ局は使うのを中止した。
 日本のテレビはそういう点は全くの無神経だ。
 
 半年後、どれだけ被災地が変わったかというと、仮説のスーパーができたとか、瓦礫の量が減ってきたとか、道路が通行できるようになったとか、震災後10日目というならわかるが、半年後の成果というにしては、復興どころか被災者の日常生活すら正常に営まれてはいないことがわかる。  

 復興には金がいる、というので政治家も政府も財源の話ばかり議論し、復興税だ、消費税だと騒ぎ、会議や委員会が林立し、マスコミも増税世論を駆り立てている。地方は地方で国のカネが回らないと何もできない、と悲鳴をあげる。会議と企画、プロジェクトで仕事をした気分になっている。そういう官僚文化が横行しているが、実は何もしていない。
 原発事故は手の施しようもなく、外国政府は息をのんで見守っているようだ。もしもの事態が起こって、福島の4号機あたりが水蒸気爆発でも起こせば、チエルノブイリをはるかに上回る大量の放射能が地球上に放出される。
 そうなれば3000万首都圏の人々もどこかに逃げなければならない。
 現状でも広島原爆の168発分にあたる放射能が外に出ている。大気汚染、海洋汚染、土地汚染はそんなに軽度なレベルではない。住民の被曝は避けられない。

 にもかかわらず、脱原発、自然エネルギーを主張して浜岡原発を止めた菅総理が、与野党連合、官僚、マスコミの総意で引きづり降ろされた。
 菅さんの最初の政策には問題があった。原発事故に際して放射能の飛び散る方向予測のSPEEDIの公開をしなかったこと、メルトダウンの予想がありながら、国民に知らせなかった等は、大きな失政だ。
 片腕の枝野官房長官は「ただちに健康に影響はない」を繰り返し続けた。

 それはおいても菅さんが脱原発、再生エネルギーを主張し始めたとたん、上記のような失脚の羽目に陥ったのだ。

 失脚した菅首相の後を襲った野田首相は、一見、原発推進派に見えたが、経産相に鉢呂氏を起用した。その鉢呂氏は、就任早々に脱原発を明言した。

 その鉢呂氏は就任9日にして、わけのわからない新聞記者との私的記者会見のやり取りで、子供の喧嘩のような内容のない失言とかで、大臣を辞任した。というより首になった。

 辞任の記者会見の様子をUストリームで見たが、ヤクザもどきの言葉遣いで鉢呂氏に詰め寄る記者の言葉は驚くべきものだった。
 「説明しろ、てんだよお」と怒鳴っているのだ。何を説明していいのか、怒鳴られたほうはわからないだろう。

 この手の記者に脅されて失言の言質を取られ、新聞に書かれて、むざむざ生首を取られたのであろう。

 長年、新聞記者をしていたが、あれほど酷い記者会見は見たことはない。荒れる記者会見はあったが、だいたいは会見する側が声を荒げたものだ。

 あれは件の記者が一人でやったものだろうか、と考えるともっと裏があると感じる。
 鉢呂氏辞任の記事は大新聞もNHKも民放テレビも、ほぼ同じこと書いていたからだ。伝言ゲームのように少しづつ失言内容は違っていたが、口合わせは出来ている。

 やはり菅さんのときと同様に、鉢呂氏は原子力村に追い落とされたのだろう。そう考えるほうが自然だ。その先兵になったのが経産省記者クラブの面々だと、多くの脱原発派の識者が分析している。記者も原子力村に居れば利権にもかかわる。

 それで鉢呂降ろしの筋書きは理解したが、いくら原子力村の利権がからんでいても、政権交代したばかりの内閣の足を、こんな瑣末な「言葉狩り」で引っ張ってもいいのだろうか。

 早速、ウオール・ストリート・ジャーナル電子版は、「こうした繰り返しで日本の政治能力はますます弱体化し日本の国益を損なうだろう」と書いている。

 原子力村の政財官学マスコミ連合軍のメンバーは、日本国内では敵なし、総理も大臣も首に出来る権力を握っているかもしれにが、その力の遣い方を間違えて、肝心の国益を損なっていることには、気がつかないようだ。
 内にしか目が付いてない輩には、外が見えない。外メクラなのだ。

 円高は止まらず、株安も止まらない。経済は大ピンチである。
 折から、中国の軍艦が尖閣諸島に接近し、ロシアが日本列島を取り囲むようにして空中演習をしている。韓国も様々な対日戦略を仕掛けている。
 
 要するに周辺国から嘗められているのも国益を損なっている証拠だ。

 内輪の愚にもつかない争いを繰り返し、被災地を放置し、原発事故も収束できない、その目途も立てられない日本の政治の貧困は救い難いレベルにまで達している。



 

| - | 23:04 | - | - |
テレビが死ぬ日
 

地デジ化、日本のテレビの終焉なのか

 アナログテレビが終わった。

天皇・皇后両陛下の婚約、ご結婚のころ、当時の皇太子妃のミッチーブームが起こり、この社会現象の報道のなかで、アナログテレビが始まった。

 やがてアナログテレビは報道の中枢にいた新聞の役割と権威を奪い去り、大衆化社会の深化とポピュリズム政治の波にのって、マスコミの覇権を握った。これは80年代以降の現象だ。

 60年から70年代はじめ、マスコミを目指す学生で、NHK以外の民放を希望者はほとんどいなかった。就職を目指す全国大企業の人気第一位に全国紙が選ばれたこともあった。当時は、それほど新聞の人気は高く、国民の信頼度も抜群だったのだ。

 米国の新聞記者たちは、そうした日本の新聞社の姿を羨望の目で見ていた。実際、日本の全国紙はニューヨークタイムズより素晴らしい、という米国人はたくさんいた。

 日本の新聞記者たちも、さまざまな内部矛盾に直面しながらも、良きジャーナリストであろうとする一抹の矜持は、誰しも持っていた。仕事にはやりがいと張りがあった。

 

 80年代に入って日本は「坂の上の雲」を駆け上り、雲の上の虹を掴み、米国を抜き去って世界一のGNPを達成し、世界一の経済大国になった。

 米国のロックフェラーセンターやハリウッド映画を買収、ハワイのリゾート、フランスのワイン畑など世界各地にジャパン・マネーが浸透していった。やがて日米経済摩擦などの海外経済摩擦が起こり、バブル経済に突入する。

 

 バブルの時代の東京は土地が未曾有に高騰し、米国6個分が買えるというほどの土地バブル景気に沸いていた。ちょっとした2DKマンションが軽く一億円の価格だった。夜の東京はギンギンギラギラの電気が灯り、六本木は不夜城と言われた。半裸の娘たちがディスコ・ジュリアナのお立ち台で踊り狂っていた。

 

 日本国憲法を起草したGHQ民政局の故ケーディス大佐が訪日したとき、同行のベアタ・シロタさんが特にケーディス氏をジュリアナに連れて行った。

 シロタさんは日系二世の女性でGHQ時代にケーディス氏の秘書を務め、日本国憲法の女性の参政権の条項を書いた人だ。

 

 彼女は半裸で踊り狂う日本娘たちを見て、「戦後日本女性はここまで解放されたのか」と嬉しくなったといった。ケーディス氏は黙って眩しそうに見ていた、という。

 ちなみにこれだけギンギンギラギラと電気を使っていた当時の総電力量は、2009年の総発電量から原発発電量を引いた量と等しいという統計がある。
 つまり、原発がなくても1985年のバブル期程度の電力はあることになる。
 90年代の経済成長はほぼ横ばいなのに、電力消費量だけが2倍に膨らんでいるのはどう考えても理解できない。どこなにカラクリがあるのではないか。

 

 米ソ冷戦が終焉し、バブルが終わり、日本は不動産不良債権時代に入り、90年代不況に突入した。グローバリゼーションとIT革命に乗り遅れた日本は「失われた10年」に入った。その失われた10年はさらに10年延期され、「失われた20年」になったとたん、3.11大震災と世界最大の福島原発事故が起こり、現在に至る。

 

 被災地の惨状や避難民を放置して、福島原発事故の収束の目途はまったくないまま、原発推進VS脱原発が激しく争って、政治も経済も大混乱しているのが今の日本である。

 

 その原発を日本に導入するにあたって、「野獣も飼いならせば家畜となる」と新聞が水先案内を務め、無知蒙昧の大衆に原発がいかに安全なエネルギーであるかを、大いに宣伝したのが電力会社をスポンサーにつけた民放テレビだった。

 

 アナログテレビは、戦後日本の一番良い時期と最悪の時期の証言者として歴史に残っている。そしてその役割は終わった。

 

 地デジが新時代のテレビとしてアナログ時代のような成果を生み出せるかというと、ネガティブな反応しかない。

 

 いまやテレビを見るのは高齢者だとすれば、彼らはみなNHKしか見ない。NHKもデジタル化しているので、仕方なくテレビ買い替えや変換装置を付けているかもしれないが、民放テレビにはあまり縁がない。

 

 民放のオチャラカ、爆笑、クイズ、バラエティ、タレントもの等は若者が見るが、最近の若者はテレビは見ず、ネットや携帯を見ている。Uストリームやツイッターやフェースブックに入れ込んでいる若者も大勢いる。

 

 震災報道や原発報道にしても、NHKのほうが信憑性の高い情報を送り、民放はおおむね東電や保安院や政府の大本営情報から一歩も出ることはできなかった。

 

 要するに民放テレビはいくら地デジ化しても、従来の路線からの進化は期待できず、たかだか画面の鮮度が良いというメリットしか主張できないでいる。

 

 テレビが死ぬ日、という主張が米国には約20年以上も前からあった。ネットの進化でテレビは情報革命から取り残される。新聞以上に時代遅れのメディアになるのがテレビ、ということだ。

 

 米国のテレビは多チャンネル化、専門チャネル化、ケーブルテレビの普及で危機を回避してきた。

 しかし日本のテレビからはそのようなアイディアも知恵も生まれてはない。ひたすら国の免許事業に甘え、政府の規制に甘え、視聴者に甘えたなれの果てのテレビが、地デジ化でどうなるか、じっくり観察するとしよう。

 

| - | 13:56 | - | - |
イタリアの国民投票は原発ノー
 

日本はなぜ原発から手を切れないのか

 べルルスコーニ首相「イタリアは原発にさよならをいわなければならない」

 
 イタリアの国民投票は原発にノーを突きつけた。ベルルスコーニ首相は「イタリアは原発にさよならをいわなければならない」と敗北を認めた。

 日本は3.11から3カ月を経たが、原発事故はいまだに収束していない。

被災地の復興だって、原発事故が大きく足を引っ張っている。原発さえなければ、地震も津波もなんとかなったのだ。古来、地震列島に住んできた日本人は地震・津波には慣れている。

江戸時代の瓦版を見ていると、載っている出来ごとのほとんどが全国各地で起こった地震と津波の報告だ。

 

しかしこれほど大規模な原発事故は初めてだった。チェルノブイリよりはマシだと強がってはいるが、IAEAの専門家の中にはチェルノを超えるレベル8を福島に与えるべきだという意見もある。

東電、保安院のデータ隠しの数々がどんどん露見してきたが、これもIAEAや国際社会の心証を悪くしている。天野事務局長の立場も芳しくない。

それはそうだろう。スリーマイルは数日、チェルノだって10日で収束している。放射能は微量という東電の言葉を信じたとしても、塵も積もれば山となる算数積算を知らないわけではないだろう。

 

3ヶ月後の6月11日、日本全国で「原発はいらない」デモが盛り上がった。約10万人が参加したという。新宿アルタ前広場は約2万人の群衆が終結して原発止めろ、と訴えた。

昔のデモは左翼活動家学生中心の荒れたデモが多かったが、この日のデモは子連れのお母さんが多く、それぞれのスタイルで、老若男女を問わずデモに参加していた。

危険な核にノーを言わなければ命にかかわる、とだれもが思っている。子供たちの未来が奪われるんではないかという危機感が広がっている。

 

汚染は予想外の広がりを見せて、野菜や海産物にも黄信号が灯ってきた。

おいしかった日本食、刺身文化、四季の食べ物、自然の景観、そういうものが一挙に失われるのが、いわゆる核の攻撃だ。

 

村上春樹氏がカタロニア文学賞の受賞のとき語った言葉が印象に残る。

原発は平和利用だと日本人は思ってきたが、実は核兵器と同じなのだ。世界の人々は原発だから平和だと思ってはいない。

なぜなら世界の超大国は核兵器と原発を両方とも所有している。

 

使う物質はウランという核物質で、がんらい軍事と平和の区別がつくような代物ではない。

日本人は広島、長崎の原爆を浴びながら、核に対して無防備だった。広島、長崎から平和のメッセージを発しながら、原発は平和だと信じ切っていた。しかしそうではなかった。

 

日本が原発を導入した経緯は、戦後直後のことである。米国は日本人の核アレルギーと反米感情に警戒心を募らせていた。

これを中和する戦略として原発が導入されたのだが、その輸入方法は正規の外交ルートからはずれた秘密裏で行われ、日本の原発はいわば正嫡子ではなかったのである。原子力の平和利用はマスコミによって大々的に宣伝され、日本社会に浸透していった。

日本の原発の出自の秘密が、原発をタブー視する傾向と仮想の安全神話を増幅する結果を生んだ。

 

いま福島の事故をどのように世界に発信して行くかを考えた時、常識的に考えれば、原発を止めるとう未来へのメッセージしか日本には選択肢はない。

もしそれが嫌なら、核兵器をもつことでリスク管理のバランスをとるほかはない。核兵器を持たない国が原発を操ったリスク感覚の甘さが、今回の大事故を招いた本質である。日本人は核兵器の洗礼を受けはしたが、核兵器の本当の怖さを知ることがなかった。

 

自然再生エネルギー革命によって、日本は今回の失敗を乗り越えることでしか、本当の技術大国として世界に認知されることはないだろう。

 

小出祐章氏によれば、地震大国の狭い国土に54基もの原発を作った隠れた動機の中に、核兵器を持ちたいという願望があったのではないか、と見る。

核兵器の原料になる濃縮ウランは日本の原発から廃棄された放射性廃棄物からかなり豊富にとりだすことが可能といわれる。

保守系の有力政治家が集まって東京に地下原発を作る計画があるとの報道がある。日本の一部に原発へのこだわりを捨てきれない人々がいるのは、核兵器を持ちたいという願望の反映かもしれない。

 

菅首相の不信任決議が否決された後、政界は菅降ろし一色だが、6月11日、官邸主宰不思議な討論会があった。脱原発と再生エネルギーの未来について語るものだった。

討論会には菅総理と福山官房副長官が出席したが、マスコミ報道は一切なかったのも異例といえば異例だ。

 

パネラーは、孫正義、坂本龍一、岡田武史、枝広淳子、小林武史の各氏。

官邸という政治の生々しい現場とは思えないほどの清涼感があり、パネラーの机上には飲料水のボトルが一本。中身は学者たちの討論を思わすアカデミックなものだった。

 

菅さんは不信任案の前、発送電の分離、太陽光発電と再生エネルギーの推進、浜岡原発の停止を矢継ぎ早に打ち出していた。

 

にわかに菅降ろしが強まった理由は、原発推進派の巻き返しが背景になっているとの見方が有力になってはいる。

 

そうした政治的な駆け引きが、再び原発推進のエネルギーを引き出しているとすれば、福島の被災者は救われない思いだろう。

 

戦後史をもう一度、ひもときながら検証し、なぜ日本人は原発の罠に落ちたか、この原発アリ地獄から抜け出すにはどうしたらいいか、答えを求め続ける必要がある。

 

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